小型震源装置「PASS」で地下探査に革命を——CO₂地中貯留の波を受け、事業を加速させるウェーブレット


2025年6月初旬、東京大学発スタートアップのウェーブレットが新たな転換期を迎えていた。2024年11月にCEOに就任した岩本友幸氏は、総合商社でエネルギー事業に幅広く携わった経験を持つビジネスのプロフェッショナルだ。

2022年7月の創業から約3年。同社は従来の大型トラックを使った地震探査を、わずか1キログラムから5キログラムの小型装置で実現する技術「PASS(Portable Active Seismic Source)」を武器に、二酸化炭素地中貯留(CCS)事業の本格化を見据えた事業展開を加速させている。

日本政府は2050年までに二酸化炭素を年間1.2億トン〜2.4億トン貯留する目標を立てている。これは現在の日本の年間CO₂排出量の約10〜20%に相当する野心的な目標だ。その実現には地下構造の正確な把握と長期的なモニタリングが不可欠であり、ウェーブレットの技術はこの課題解決の鍵を握る可能性を秘めている。

岩本氏がCEOに就任した背景には、ビジネス面での強化が必要だったという事情がある。創業者の高橋明久氏は取締役会長に就任し、技術開発を主導してきた東京大学の辻健教授はCSO(Chief Science Officer)として引き続き技術面をリードしている。この新体制により、技術力とビジネス力の両輪で成長を加速させる体制が整った。

調査の規模を回数で代替する独自技術

ウェーブレットCEO 岩本友幸氏

地震探査という言葉を聞いて、多くの人は地震の観測を思い浮かべるかもしれない。しかし、ウェーブレットが取り組んでいるのは、人工的に振動を起こして地下構造を調べる「能動的」な探査技術だ。この技術の歴史は古く、石油・ガス探査の分野では1970年代から広く使われてきた。

従来の地震探査では、バイブロサイスと呼ばれる大型トラックが主流だった。震源車から周波数を連続的に変化させた振動(スイープ波)を地下に発振し、その反射波を地表で観測することで地下構造を推定する仕組みだ。

しかし、この方法には大きな制約があった。機材が入れない場所での探査が不可能であること、騒音問題、環境への影響、そして何より高額なコストが課題となっていた。

東京大学大学院工学系研究科の辻健教授らが開発したPASSは、震源装置サイズを人間が持ち運びできるサイズまで小型化することで運用コストを削減し、従来の大型起震車が入れなかった山中などにも持ち運ぶことができるようになった。

バイブロサイス(震源車)
Image credit: Wavelet

装置の仕組みは意外にシンプルだ。箱の中にはモーターと重りが入っており、これが規則的に回転することで地面に振動を伝える。その振動が地中でどのように伝わるか、地表に設置する地震計で振動の到達角度や速度を測定することで、地下構造をイメージングする。

地震波にはP波(縦波)とS波(横波)があるが、PASSは用途に応じてP波、S波を選別して効果的に発生させることができる。例えば、このS波の速度分布は土木分野で重要なN値(地盤の硬さを示す指標)と高い相関を持つことが分かっており、この特性により、従来のボーリング調査の代替として期待されている。

さらに重要なのは、点ではなく面で地下構造を把握できることだ。ボーリング調査が1本の穴から得られる「点」の情報であるのに対し、PASSは複数の測定点から「面」として地下構造を可視化できることからボーリング本数を減らす効果も期待できる。

大型トラックであれば、例えば20回の振動で20分程度で終わるような探査を、私たちは数時間かけて、何百回と振動を繰り返します。一回一回は微弱な振動なので、通常なら周辺のノイズにかき消されてしまいますが、何百回と継続することで、ノイズが除去され、PASSから発信された振動だけを正確にキャッチできるようになるんです。(岩本氏)

この手法は、信号処理の分野では「スタッキング」と呼ばれる技術だ。同じ信号を何度も重ね合わせることで、ランダムなノイズは相殺され、目的の信号だけが強調される。このメソッドにより、小型装置でも大型トラックに匹敵する精度の探査能力の実現を目指す。

装置のサイズも用途に応じてさまざまだ。1キログラムから5キログラムまで、顧客のニーズに応じて準備している。深く探査したい場合は大きめの装置を、浅い探査で良い場合は小さい装置を使用する。この柔軟性も、従来の大型トラックにはない利点だ。

インドネシアとの戦略的連携

バンドン工科大学
Photo credit: Institut Teknologi Bandung

ウェーブレットの特徴的な戦略の一つが、インドネシアとの密接な連携だ。なぜインドネシアなのか。その理由は、技術者の人材プールと、将来のCCS市場としてのポテンシャルの両面にある。

同社はインドネシア理系の名門校であるバンドン工科大学(ITB)と協力関係を構築し、現地での人材採用と事業展開を進めている。ITBは1920年に設立されたインドネシア初の技術系高等教育機関で、約22,000人の学生が学んでいる。インドネシア初代大統領のスカルノ氏も同大学の卒業生だ。

インドネシアは火山国であり、石油・天然ガスも豊富だ。そのため大学には石油工学や物理探査の学部が非常に多く設置されている。日本では石油があまり採れないため、そういった学部も少なく、技術者の数も限られている。

創業者の一人である辻教授は、京都大学時代からITBの教授陣と親交があり、その縁で協力関係が始まった。現在、ウェーブレットはITB出身の優秀な人材を雇用し、同大学の修士課程に入学させて育成するなど、産学連携を深めている。給料を払いながら大学でも学んでもらうという、人材育成と実務を両立させる独自のモデルを構築している。

インドネシアには、すでに石油や天然ガスを採掘し終えたフィールドがたくさんあります。彼らは今度、そこに二酸化炭素を貯蔵するビジネスを展開したいと考えています。アジアのCCSハブになることを目指しているんです。これは資源国から環境ビジネス国への転換を図る野心的な戦略です。(岩本氏)

実際、岩本氏は2025年5月のゴールデンウィークにインドネシアに出張し、国営石油会社とも協議を行い、具体的な協業の可能性を探っている。

ウェーブレットの人材戦略は、日本のディープテックスタートアップとしては先進的だ。現在11名体制で、岩本氏以外は全員が技術系という構成だが、今後はさらなる国際化を進める方針だ。インドネシア人スタッフは現在1名だが、今後増員予定で、解析者を中心に採用を進めている。

社員が日本人である必要はないと思っています。将来的には会議も英語になるだろうから、今、英語ができない人には、会社で学習のための費用を払うから、英会話を毎日やってくださいと促しています。(岩本氏)

多岐にわたるビジネスの可能性

埋設管の推定例(東京都 現場対話型スタートアップ共同プロジェクトによる)
Image credit: Wavelet

CCS事業の本格化には時間がかかる。2030年の事業化を目指しているとはいえ、まだ3〜4年の準備期間が必要だ。そこでウェーブレットが注力しているのが、土木分野での応用だ。特に再生可能エネルギー関連のインフラ建設において、大きなニーズがある。

風力発電所、特に洋上風力発電所を建設する際には、連系変電所という大型の変圧器を設置する変電所が必要になる。その敷地は50〜100メートル四方にもなり、従来の方法では10本程度のボーリング調査が必要になり、多額の費用がかかってしまう。さらに、これを山間部でやる場合、機材搬入のコストが上乗せされてしまう。

しかし、この調査にPASSを併用すれば、ボーリング調査本数を数本に減らすことができる。ボーリングのコアデータとPASSのデータを照合することで、面的に地下構造を把握できるのだ。点ではなく面で見えること、大幅なコストダウンを測れる点がメリットだ。

実際、風力発電事業者から具体的な案件の相談が来ており、具体的な商談も進んでおり、PASSによるコスト削減への期待は大きい。

興味深いのは、これらの案件がPASSの実績作りにもなることだ。ボーリングも並行して実施し、その資料を許認可申請時の資料として提出することで、実績として積み上げていくことができる。

太陽光発電所の建設における応用も重要な分野だ。特に、施工の品質管理という観点で、PASSの技術が活躍する場面がある。山を切り開いて太陽光発電所を作る際、本来は伐採した木を現場外に搬出しなければならないが、コスト削減のために伐採した木をそのまま埋めて、上から土をかぶせてしまう違法行為を行う業者もいる。盛り土の締固めが不十分だと、大雨で流出する危険さえある。

PASSを使った探査では、このような不適切な施工を検出できる。全部が均一な土なら、速度は一定になるはずだが、どこかで速度が遅くなったり速くなったりしたら、そこに何か異物が入っている可能性がある。施工後の盛り土の健全性を確認する新しい方法として期待されている。

地熱発電の分野でも引き合いが多い。日本は世界第3位の地熱ポテンシャルを持ちながら、開発が進んでいない。その理由の一つが、探査の難しさだ。地熱発電は火山地帯にあることが多く、地下はガチガチの火山岩だらけだ。そこで重要なのは断層を見つけることだ。断層の切れ目に沿って熱が地下から上がってくるため、いかに断層を発見して、そこに向けて掘削するかが成功の鍵となる。

調査に使う従来の大型トラックでは、国定公園内に入れないという制約もあった。規制もあるし、そもそも現地に続く道もない。しかし、PASSなら分解して、登山道を3〜4人で歩いて運べる。各地点で設置してショットを打てば、今まで取れなかった地震探査データが取れるようになる。

インフラの老朽化問題への対応も重要だ。日本の高度経済成長期に作られたインフラが更新時期を迎えており、その健全性を効率的に調査する方法が求められている。下水道管の老朽化調査においても、従来の超音波探査では地下1〜2メートルが限界だが、PASSなら10メートルぐらいまで見ることができる。より深い場所の異常も発見できるため、陥没事故の予防にも貢献できる。

防災の観点からも重要性が高い。地震が起きた後の地盤の健全性チェックにも活用でき、北海道胆振東部地震の際の苫小牧CCS実証実験施設での安全性確認のような場面でも、この技術が役立つ。さらに、温泉開発などの資源探査の分野でも、P波とS波の速度分布から岩石内の水の存在を推定できる可能性がある。

AIとプラットフォーム戦略で世界市場へ

地域別の理論上CO₂貯留容量
Image credit: International Energy Agency
Sources: Kearns, J.et al., (2017), Developing a Consistent Database for Regional Geologic CO₂ Storage Capacity Worldwide.
堆積層の厚さ(sedimentary thickness)は、CO₂貯留地点の理論的なポテンシャルを示す指標となります。沖合貯留容量の推定には、水深300km以上および沖合300km以上の地点は含まれていません。また、北極圏および南極圏も除外されています。

ウェーブレットが目指すのは、単なる探査機器メーカーではなく、データ解析プラットフォーマーとしての地位だ。今後の成長に向けて、同社が重視しているのがデータ解析の自動化とAI活用である。

将来的にはAIによる自動解析システムの構築を進めており、世界各地でPASSをレンタルし、現地のオペレーターがデータを取得、そのデータをウェーブレットが自動解析してフィードバックするという、プラットフォーム型のビジネスモデルを構想している。

世界各国に代理店を作って、そこにPASSシステムをレンタルで提供します。使い方も全部教えて、データの取り方やオペレーション方法をアプリ化します。取得したデータだけを送ってもらい、私たちが自動解析してフィードバックする。人員は最小限で、装置をどんどんレンタルして、解析依頼がたくさん来るようなビジネスモデルを構築したい。(岩本氏)

Grand View Researchのデータによれば、世界の土木市場規模は2030年には13兆7,000億米ドル(約2,000兆円)に達すると予測されている。この巨大な市場に対して、ウェーブレットのようなスケーラブルなビジネスモデルは大きな可能性を秘めている。各国に代理店を作り、PASSシステムを貸し出し、データ解析サービスを提供するというプラットフォーム戦略は、限られた人員で世界市場に挑戦するための現実的なアプローチだ。

データの取り方やオペレーションの仕方をアプリケーション化し、現地の人がウェーブレットと同じノウハウで作業できるようにする。その結果だけを送ってもらい、自動化された解析システムでフィードバックする。解析1件あたりの費用を徴収する形でマネタイズしていく構想だ。

現在、同社が最も必要としているのはCTO(最高技術責任者)だ。テクニカル全般が分かって、技術開発の方向性を示し、テクニカルチームを引っ張っていける人材を求めている。物理探査の知見があり、電気や機械の開発も理解している必要があるため、候補者は限られるが、国内外問わず優秀な人材の獲得を目指している。

ウェーブレットのグローバル展開戦略は、まずアメリカでのCCS事業に注力する。アメリカでは既に
CCSがビジネスとして立ち上がっており、100件以上のCCS案件が計画されており、陸上CCSの業界をリードする。CCSモニタリング時の地震探査の要求仕様は、「数年に一回」といった曖昧な記述であり実際の頻度は事業者が環境保護庁(EPA)と話をしながらスケジュールを決めていく。この数年に一回という間隔が空いている理由は、探査にかかるコストが高いからだ。ウェーブレットの技術があれば、このモニタリングコストを大幅に削減できる為、より頻繁なモニタリングが可能になる。安全性も高まり、社会的な受容性も向上することが期待される。

海底CCSへと広がる可能性

超小型震源装置PASS を利用したモニタリングの概要図。CO₂地中貯留だけでなく、さまざまな対象に利用できる。
Image credit: Takeshi Tsuji’s lab, The University of Tokyo

足元は陸上でのCCSに向けた取り組みを行うが、将来的に見据えるのは海域での探査技術の開発だ。日本のCCSは海域が中心になると予想されるため、海底探査技術の確立は避けて通れない。日本は陸域での貯留ポテンシャルが限られているため、海底下にCO₂を貯蔵することになる。海中では振動の伝わり方が陸上とは異なり、装置の防水対策や海底への設置方法など、技術的な課題は多いが、将来的には必ず実現する必要がある。

海底探査はまだトライアルはしていませんが、将来的には取り組みたいと考えています。なぜなら、日本のCCSは多分海域が中心になるからです。日本は陸域での貯留ポテンシャルが限られているので、海底下にCO₂を貯蔵することになると思います。(岩本氏)

ウェーブレットは、単独での成長ではなく、さまざまなパートナーとのエコシステム構築を重視している。既に大手不動産会社や石油元請などとの協業が進んでいる。都市部では特に、地下の埋設物や地盤の状態を正確に把握することが重要であり、その需要は大きい。

ウェーブレットが事業的に成功することができれば、日本の産業競争力向上にもつながる可能性がある。日本は資源がない国だと言われるが、技術力では世界をリードできる。PASSも、日本の精密機械技術があってこそ実現できた技術だ。この技術を世界に輸出することで、日本の新たな産業を創出できる。

CCS分野での技術優位性は特に重要だ。世界のCCS市場規模は、2024年の35億4,000万米ドルから2032年までに145億1,000万米ドルに成長すると予測されている。この成長市場で、日本企業が技術的リーダーシップを取ることができれば、大きなビジネスチャンスになる。ウェーブレットでは、将来的に、PASSを使った探査手法を国際標準として、ISOやJISの規格にするための働きかけを行うことも検討している。

PASSという小さな装置が起こす振動は、確かに微弱です。でも、その振動を何千回も重ねることで、地下深くの構造が見えてくる。これは私たちの事業も同じです。一つ一つは小さな成果かもしれませんが、それを積み重ねることで、大きな社会変革を起こせると信じています。(岩本氏)

2022年に創業したウェーブレットは、まだ4期目を迎えたばかりの若い会社だ。しかし、その技術が持つポテンシャルと、グローバルな視野を持った経営戦略は、日本のディープテックスタートアップの新たな可能性を示している。技術力だけでなく、グローバルな人材戦略とスケーラブルなビジネスモデルを組み合わせ世界市場に挑戦している。

Growthstock Pulse