
Watasumiは、産業界で通常廃棄されるか負担となる物質を浄化・処理し、有価値な副産物を生み出すシステムを設計する環境技術スタートアップだ。CEO David Simpson氏によれば、同社のビジョンは「廃棄物」という概念を根本から変革し、これを貴重な資源として再定義することにある。中小規模の食品・飲料会社をターゲットとしているが、将来的にはアジア全域への技術普及を視野に入れた戦略的拡大を計画している。
沖縄は多数の有人島を抱える島嶼県であり、これらの島々では労働力不足が先鋭的に表れるとともに、観光収入への依存度が高いことから、美しい自然環境の維持が経済的にも極めて重要な課題となっている。さらに島内には泡盛の醸造所、各種食品加工施設が点在しており、これらの産業が持続的に発展するためには適切かつ効率的な廃棄物処理システムが不可欠となっている。
Watasumiが開発したモジュール型システムは、廃棄物の浄化処理に留まらず、その過程でエネルギーを生成することができる画期的な技術であり、特にエネルギー供給インフラが脆弱な島嶼地域において、エネルギー自給自足を可能にし、廃棄物の量が多い場合には余剰エネルギーの創出すら実現できる点で大きな価値を提供している。
巨大な潜在市場
Watasumiが対象とする廃水処理市場は、アジア太平洋地域だけでも年間数百億ドル規模の巨大な市場だ。特に食品・飲料産業における廃水処理費用は、多くの中小企業にとって運営コストの5〜30%を占める重要な経費項目となっている。従来の処理方法では年間数百万円から数千万円のコストがかかっているが、Watasumiのシステムは初期導入費用を3〜5年で回収可能な経済性を実現している。
Watasumiの収益は、設備販売、保守サービス、ライセンス料の3つの柱から構成される。設備販売では1システムあたり数千万円から億円規模の売上が見込め、保守サービスでは年間売上の15-20%程度の継続収益を確保できる。さらに国際展開においては技術ライセンシングモデルを採用することで、現地パートナーからのロイヤリティ収入も期待できる。
我々の技術は一度導入されれば15〜20年の長期にわたって安定した収益をもたらすサブスクリプション型ビジネスの側面も持っています。(Simpson氏)
競合と比べ最大の差別化要因は、無人運転システムと電極技術による処理効率の飛躍的向上にある。従来の曝気システムに比べて電力消費量を70%削減しながら、処理能力は2〜3倍に向上させることができる。同社は処理プロセスに関する複数の特許を出願中であり、知的財産面での保護も強化しているそうだ。
Watasumiは既に複数の戦略的パートナーシップを構築しており、これらの関係が同社の成長を加速させている。食品メーカーとの協業では、廃棄物処理コストの削減と環境負荷軽減を通じて、ESG経営の推進に貢献している。
特に注目すべきは、同社の技術が協業企業にもたらす複合的なメリットだ。環境負荷の削減により企業の持続可能性レポートでの評価向上、処理コストの大幅削減による収益性改善、さらに余剰エネルギーの活用による新たな収益源の創出が可能となる。
我々のパートナー企業の中には、廃棄物処理費用を年間30%削減しながら、生成されるエネルギーで追加的な収益を得ている事例もあります。(Simpson氏)
Watasumiの分散型処理技術は、発展途上国における環境インフラ整備事業において強力な差別化要因となり得るだろう。例えば、アジア開発銀行などの国際金融機関が推進するグリーンファイナンス案件への参画や、政府開発援助(ODA)プロジェクトでの技術提供など、多様な協業形態が考えられる。
現在Watasumiは急速な事業拡大に向けて、多様なバックグラウンドを持つ人材を積極的に求めている。技術系では、生物工学、化学工学、環境工学の専門知識を持つエンジニア、電気・電子工学のバックグラウンドを持つ制御システム開発者、製品設計・製造プロセス最適化の経験者など、非技術系では、食品・化学業界での営業経験者、国際事業開発の経験者、プロジェクトマネジメントスキルを持つ人材などだ。
技術的なスキルも重要ですが、何より「世界を変えたい」という強い意志を持つ人材を求めています。我々は単なる廃水処理会社ではなく、持続可能な社会システムを構築するミッションドリブンな企業です。多様なバックグラウンドの人材が集まることで、イノベーションが生まれると信じています。(Simpson氏)
同社の企業文化は、研究開発型スタートアップならではの学習志向と、実用的なソリューション開発への集中力を併せ持つ。英語と日本語の両方を公用語とする国際的な職場環境で、沖縄という地理的特性を活かしたワークライフバランスの実現も可能だ。急成長する環境技術分野において、技術開発、事業化、国際展開まで幅広い経験を積むことができるだろう。
創業4年目を迎え、特に国際展開フェーズにおいては、今後加わってくれるメンバーには、アジア各国でのプロジェクトリーダーや現地法人の立ち上げメンバーとしての活躍を期待しています。優秀な人材には相応の責任と権限を与え、一緒に世界市場を開拓していきたい。(Simpson氏)
研究者から起業家へ

Watasumiの創業者で代表を務めるDavid Simpson氏は、アメリカ生まれイギリス育ちの研究者として長年環境技術の研究開発に従事してきた経歴を持つ。同氏は約12~13年前、エディンバラ大学の教授とともに沖縄の大学に移籍し、環境技術の実用化研究に取り組むようになった。
創業の契機となったのは、沖縄県庁からの補助金と、JST(科学技術振興機構)のSTART事業などの国の制度を活用し、初期段階の研究成果を産業界と連携させるプロジェクトに参画したことだ。このプロジェクトでは、泡盛の醸造で知られる瑞穂酒造との協働を通じて、実際の産業現場における技術の有効性を検証し、研究の方向性を実践的なニーズに合わせて調整することができたという。
大学の研究室では理論的に完璧に見える技術でも、実際の産業現場では全く異なる課題が浮上します。(Simpson氏)
Watasumiにとっては、実際の顧客や現場オペレーター、さらには廃水処理会社や廃棄物管理会社などの多様なステークホルダーが関与する複雑な産業エコシステムにおいて、技術の真の価値を実証することが重要だった。この協働プロセスを通じて、Watasumiの技術は単なる研究成果から商業的に実用可能なソリューションへと進化を遂げた。
現在、同社は日本最北端の蒸留所である利尻島のウイスキー蒸留所(カムイウィスキー)や、栃木県の酒造メーカーなどと実際の商業契約を結んでいる。利尻島のケースは特に技術的挑戦が大きく、極寒の環境下で3か月間の冬季休業期間があり、システムの再起動時には雪や氷への対処が必要となる。
利尻島は沖縄から最も遠隔地で、かつ過酷な環境での運用経験により、我々のシステムはより堅牢で信頼性の高いものへと進化しています。(Simpson氏)

Photo by Kamui Whisky
栃木の酒造メーカーは、顧客が独自の日本酒を製造できるカスタムサービスを提供する新しいスタイルの醸造所であり、製造プロセスへの参加体験や観光要素も含んだ事業モデルを採用している。こうした新規性の高い顧客との関係構築により、Watasumiの技術は多様な産業ニーズに対応できる汎用性も獲得している。
沖縄においては複数のパイロットプロジェクトが進行中だが、まだ正式な商業契約に至っていない案件もある。これは同社がまだ創業間もないことに加え、泡盛産業が伝統的で保守的な側面があることが影響している。
誰が最初の導入企業になるかという点で、業界内に慎重な姿勢が見られます。(Simpson氏)
一方で、豆腐製造業や養豚業、その他の醸造業との実証実験も継続しており、Watasumiでは利用可能な経営資源と技術開発の優先順位のバランスを取りながら、段階的な市場開拓を進めている。
従来技術の限界突破と革新的ソリューション

Photo by Watasumi
従来の高濃度アルコール製造過程で生じる廃棄物は、主に蒸留後に残る分解された米や麹などの原材料である。蒸留プロセスでは、米や麹と酵母による発酵で生成されたエタノールを加熱して蒸発・精製・回収するが、その過程で残る有機性廃棄物の処理が大きな課題となっている。これらは過去には動物の飼料や有機堆肥として再利用されることが一般的だったが、現代の畜産業界では一貫した品質と乾燥状態を維持した飼料が好まれる傾向が強まっている。特に沖縄のような高温多湿の気候においては湿った有機性廃棄物が急速に腐敗するため、この傾向は顕著だ。
堆肥化による再利用も理論上は可能だが、農地面積の減少や農業従事者の高齢化と減少により、その受け皿としての容量は年々縮小している。結果として、現在多くの醸造・蒸留工場では、廃棄物を低品質の肥料兼灌漑用水として単に土地に散布する方法が採用されている。この処理方法では、廃棄物の収集から散布までを専門業者に委託する必要があり、労働集約的なプロセスであるため、廃棄物処理方法としては最もコストが高いものの一つとなっている。
この慣行は日本本土やアジア諸国においても広く見られますが、コスト面でも環境面でも長期的には全く持続可能ではありません。(Simpson氏)
比較的大規模な工場や過去に廃棄物不適切処理により行政処分を受けた工場では、一般的に曝気法(エアレーション)を用いた処理プラントを導入している。これは水中に空気を送り込み、好気性バクテリアによる有機物分解を促進する方法だ。この方法では最終的に排出される水は浄化されるものの、プロセスで増殖した膨大な量のバクテリア自体が新たな産業廃棄物として処理される必要があり、コンポスト化や焼却などの方法で処分されている。これもまた廃棄物の輸送や処理に大量のエネルギーを消費し、高コストな処理となっているのが実情だ。
Watasumiが開発した革新的技術の中核は、嫌気性細菌(酸素を必要としないバクテリア)を活用した効率的な処理方法にある。この処理システムでは、廃水を密閉型の大型タンク内で攪拌し、酸素供給量の制限を受けない嫌気性細菌が効率的に有機物を分解する。この基本的なバイオテクノロジーをベースとしながらも、Watasumiはさらに研究段階で発見した複数の生物学的プロセスや現象を巧みに組み合わせることで、従来よりも格段に小型かつ高効率なシステムの開発に成功した。
最も重要な技術的優位性は、現場オペレーターを必要としない24時間自動運転システムで、これにより処理プラントの運用・維持コストが大幅に削減されている。従来の曝気処理では、バクテリアを活性化させるために大量の電力を消費して空気を水中に送り込む必要があるが、Watasumiのプロセスでは空気供給システムを必要としない設計となっている。
空気中の酸素はわずか約20%であり、残りの80%は処理プロセスにおいて実質的に有用でないにもかかわらず、全てをポンプで送り込まなければならない。また水に溶け込む空気量には物理的な飽和点が存在するため、処理効率を上げるには単純にタンクサイズを拡大するしか方法がなく、設備投資コストと設置スペースの問題が生じます。(Simpson氏)
対照的に、Watasumiのシステムは水中に溶解できる酸素量の制約から解放され、バクテリアの量とその代謝活性度によって処理効率が決定される設計となっている。システム内に配置された特殊電極は、バクテリアの定着面積を劇的に増大させて高濃度の微生物叢を維持するとともに、電気化学的作用によってバクテリアの代謝活動を促進・強化する機能を持つ。この電極技術により、従来システムでは難しかった処理効率とエネルギー効率の両立に成功した。
分散型処理へのパラダイムシフト

Credit: Secretariat, S.A.. (2012 November 1). South Africa – eThekwini field trip on faecal sludge management. https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AThe_research_site_in_Durban_for_the_ABR_with_constructe
Watasumiの技術は、特に高濃度・高強度の廃棄物処理において最大の効果を発揮する。この原理的特性から、廃棄物が発生する現場の近傍に処理設備を直接設置する「分散型処理」が理想的な導入形態となる。例えば食品加工工場や醸造所の敷地内に処理ユニットを設置することで、廃棄物の輸送コストを削減するとともに、最も効率的な処理が可能となる。
これに対して現代の都市インフラで主流となっている中央集中型下水道システムでは、多様な発生源から排出された廃水が大規模な管網を通じて中央処理施設に集められる過程で著しく希釈されるため、到達時点ではWatasumiの技術が効果を発揮する濃度条件から外れてしまうという問題がある。
1960年代から70年代にかけて、産業界における分散型廃水処理の導入を推進すべきという議論が国際的に展開されました。この考え方が採用されていれば、大規模な下水インフラ(大口径管渠や揚水施設など)への巨額投資が不要となり、水資源の使用量も大幅に削減できた可能性があります。しかし残念ながら、当時の政策決定において大規模集中型の自治体インフラ整備が優先され、今日に至っています。(Simpson氏)
この歴史的経緯は現在の発展途上国の状況に重要な示唆を与えている。日本を含む先進国では非常に高いカバレッジを持つ下水道網が整備されているが、多くの発展途上国ではこうしたインフラは部分的・断片的にしか存在していない(日本においては、2024年3月現在の下水道普及率は81.0%、2025年3月現在の汚水処理人口普及率は93.3%)。
ここにWatasumiが提案する分散型処理の新たな可能性が生まれる。発展途上国において数十億ドル規模の投資を要する大規模集中型施設の整備を目指すのではなく、より低コストかつ柔軟に拡張可能な分散型処理施設の導入に重点を置くアプローチが、持続可能な開発の観点から極めて魅力的な選択肢となり得る。
この状況はかつての電気通信インフラの発展過程と類似している。多くの発展途上国では固定電話網の全国的整備が完了する前にモバイル通信技術が普及し、先進国型の固定回線インフラを「飛び越える」形で情報化社会を実現した。同様に、分散型の廃水処理システムが従来型の集中型システムを凌駕して普及する可能性があり、Watasumiはこの「リープフロッグ的発展」の一翼を担うことを目指している。
世界展開の戦略

Photo by Masaru Ikeda
Watasumiの国際展開戦略は、慎重かつ着実な歩みを特徴としている。同社はJICAやJETROなどの国際協力・貿易促進機関と緊密に協議を重ね、アジア諸国での足場固めを進めている。しかし国際展開に際しては、各地域において信頼できるパートナー企業の確保と、現地の経済状況に適合した価格設定が重要な鍵となる。
日本、特に沖縄での製造には相対的に高い労働コストがかかるため、例えばタイやベトナムへの単純な輸出ビジネスモデルは経済的に成立しにくい状況です。(Simpson氏)
このため同社は各地域における現地製造パートナーシップの構築を重視している。特にインドは製造業の発展と環境問題の深刻化が同時進行している巨大市場として注目しており、すでに現地での紹介・販路開拓が可能なパートナー企業の確保に成功しているという。
急速な経済成長過程にある国々では、往々にして環境保全対策が後回しにされる傾向が顕著です。かつての日本の高度経済成長期においても同様の過程を辿り、最終的には深刻な公害問題に直面した後に環境対策が本格化しました。
私たちはこの歴史的教訓から学び、新興国が同じ過ちを繰り返さないよう、経済発展の初期段階から持続可能な環境技術の導入を支援したいと考えています。こうすることで、経済発展に伴う環境悪化と、それがもたらす人々の健康被害や生活環境の劣化を未然に防止することが可能になるのです。(Simpson氏)
より広範な国際展開においては、ヨーロッパ市場も有望な対象として位置づけられている。ヨーロッパは環境技術の先進地域であり、産業活動や社会システム全般の持続可能性向上に向けた取り組みが進んでいる。また消費者意識も高く、製品の生産方法や原材料調達の環境負荷に対する感度が極めて高いことから、Watasumiの環境価値提案が受容される素地がある。すでにハンガリー・ブダペストの研究機関を通じ欧州市場への足がかりを構築しつつあるそうだ。
アメリカ市場、特に西海岸地域も技術的先進性と環境意識の高さから潜在的な展開先として検討されているが、「今後数年間の環境規制や政策の動向が不透明なため、現時点では慎重に状況を見極めている段階」(Simpson氏)だという。一方で、Simpson氏は自身がアメリカの市民権を保有していることから、将来的な北米展開においても前向きだ。
国際展開における事業モデルとしては、従来の設備販売に加えて、ユーティリティ型のサービス提供も検討している。これは初期投資を顧客に求めるのではなく、Watasumiが設備の所有権を保持したまま、ライセンス料やサービス料として継続的な収益を得るモデルだ。このアプローチにより、資金力に制約のある中小企業でも導入が可能となり、銀行などの金融機関との連携による資金調達メカニズムの活用も期待できる。
持続的成長のための資金調達戦略

Photo by Masaru Ikeda
スタートアップとしてWatasumiが直面する最大の課題の一つは、技術開発と事業拡大に必要な資金の確保である。同社は沖縄振興開発金融公庫と沖縄銀行からのデットエクイティ融資を受けており、この資金調達は同社の事業基盤構築に大きく貢献している。
スタートアップ、特に我々のようなハードウェア基盤の廃水処理技術開発企業は、投資家から見れば極めてハイリスクなカテゴリーに位置づけられます。一般的にはIT・ソフトウェア系ベンチャーに比べて初期投資額が大きく、収益化までの期間も長いため、「アンセクシーな産業」と称されることもあります。(Simpson氏)
このような状況下で公的金融機関からの資金調達に成功したことは、同社の技術的・社会的価値が公的にも認められた証左と言える。
同社が接触しているベンチャーキャピタルからは、「コンセプトや技術アプローチ自体は評価できるものの、実際に機能していることを確認できる複数の商用顧客が存在するまでは投資判断を保留したい」という反応が一般的だ。仮に現段階で投資を受ける場合、投資家は高いリスクプレミアムとして大幅な株式持分を要求する可能性が高く、創業者・経営陣としては企業の将来的な発展と経営の自律性確保の観点から、現時点でそれを回避する戦略を採用している。
現在のビジネスモデルと資金調達状況を前提とすれば、新たな製造拠点の設立など次なる成長フェーズに移行しない限り、当面は追加の大型資金調達を急ぐ必要はない状況です。(Simpson氏)
Watasumiは現在、創業4年目を迎え、研究開発フェーズから商業化・市場開拓フェーズへと事業ステージを移行させつつある。日本国内市場における事業基盤の確立を当面の最優先課題としながらも、次の成長戦略として対象産業の多様化と国際展開の両軸を見据えている。
泡盛や日本酒などのアルコール製造業者から、蕎麦や豆腐などの伝統的食品製造業、さらには肉加工など脂肪分を多く含む廃水を排出する食品加工業へと、技術適用範囲の拡大を模索している。
これらの多様な産業は個別に見れば小規模でも、総体としては巨大な潜在市場を形成している。環境技術を通じて産業廃棄物問題に革新的解決策を提供するWatasumiの取り組みは、持続可能な社会構築に向けた重要な一翼を担うものとして、今後の発展が注目される。