論文の海から解放、年500時間を削減できる研究者のためのAI「Veritus」


新型コロナウイルスの流行により、学術研究の環境は大きく変化した。査読プロセスの長期化、指導教官の多忙化、そして研究論文数の爆発的増加により、研究者たちは従来以上に困難な状況に直面している。現在、AIの影響もあり、毎分2本の論文が発表されるという驚異的なペースで学術情報が生成されている状況において、研究者は情報の海の中で溺れかけている。

この情報過多の問題は単なる不便さを超えて、深刻な経済的損失をもたらしている。研究業界では現在、不適切な研究設計により年間100億米ドルが失われているという統計がある。研究者たちは本来の創造的思考や仮説検証に時間を割くべきところを、論文検索や文献整理といった機械的作業に何百時間も費やしている現状がある。

特に博士課程の学生や若手研究者にとって、この状況は深刻だ。限られた時間の中で学位取得要件を満たしながら、同時に質の高い研究成果を出すプレッシャーは年々高まっている。従来の手作業による文献調査や分析手法では、もはや現代の研究環境に対応しきれなくなっているのが現実だ。

こうした課題を解決すべく立ち上がったのが、AIを活用した研究支援プラットフォームを開発するVeritusだ。同社は25万米ドルのプレシード投資をライフタイム・ベンチャーズから調達し、2億2,000万件以上の論文が搭載されている独自のセマンティック検索データベースを基に、研究者に年間500時間以上の業務時間短縮を提供することを目指している。

研究者自身のペインから生まれたソリューション

CEOのManas Kala氏(左)、COOのAnh Ngo氏(右)
Photo Credit: Veritus

Veritusの創業チームは、全員が研究者としてのバックグラウンドを持つ集団だ。CEOのManas Kala氏は大阪大学で博士号を取得し、同大学の助教授を務めていた経験がある。彼の研究領域はLiDAR技術の分野で、もともと博士課程修了後にスタートアップを立ち上げる計画を持っていた。しかし、コロナ禍で研究計画が一夜にして崩壊し、新たな道を模索することになった。

その後、Kala氏はPlug and Play Japanでのベンチャーキャピタル・インターンシップを経験。数億米ドル規模で事業を展開する創業者たちとの交流を通じて、アカデミアと比べ、彼らがいかに迅速に動いているかを目の当たりにした。この経験が最終的にVeritusの設立につながった。

COOのAnh Ngo氏は小野薬品工業での研究経験を持つ。以前は、京都大学で生命科学研究に従事し、薬剤発見に取り組んでいた。創業UXデザイナーのBetty Lala氏も九州大学や TU Berlinなどで国際的な研究活動を行っていた研究者だ。

私たちは皆、研究者として共通の課題に直面していました。特にコロナ禍、論文の査読に時間がかかり、指導教官は忙しく、多くのことを自分たちで行わなければなりませんでした。論文を探し、読み、仮説を立てる作業に予想以上の時間を要したのです。(Kala氏)

チーム全体が強い使命感を持っているのは、メンバー全員が研究現場で同じ課題に直面し、その解決の必要性を身をもって体験してきたからだ。実際の研究現場での課題について、Ngo氏は具体的な例を挙げて説明してくれた。

仮説を立て、その仮説を証明する実験を構築するには、他の研究者や研究グループから大量のデータを収集する必要があります。どのような種類のデータを収集すべきか、信頼できるデータは何か、どのような実験設計を実行すべきかを知ることは非常に困難です。(Ngo氏)

従来、研究者は文献レビューやデータ分析に膨大な時間を費やし、他の公開論文や研究グループのデータを使用して意味のある仮説を抽出していた。産業界全般において、文献レビューとデータ分析が最初のステップとなるが、通常、このプロセスは長期間かかり、仮説を立て、その仮説が実際に有効であることを証明するのに数年かかることもある。

この課題は学術界だけでなく、製薬業界をはじめ産業界でも深刻な問題となっている。R&D部門では良好なデータポイントを取得して実験を開始し、仮説を立てることを求められるが、信頼できるデータの特定や適切な実験設計の構築に膨大な時間を要している。Veritusはこのプロセス全体をAIにより効率化し、仮説の形成と検証にかかる時間の大幅な短縮を目指している。

Ngo氏によれば、仮説の検証後も課題は続く。次のステップとして、どのような薬剤を組み合わせるべきか、どの患者群を対象とすべきか、その仮説を中心としたR&Dパイプラインをどう構築するかなど、データと研究が鍵となる多くのステップが存在する。これらすべての段階において、Veritusの技術が研究者を支援できる可能性があるという。

12週間を2週間に——驚異的な効率化を実現する技術

「Veritus Workplace」
Image credit: Veritus

Veritusのプラットフォームは、研究における3つの主要ワークフロー「論文検索」「論文読解」「論文解析」を自動化してくれる。これらの機能により研究者は年間最大500時間の時間短縮を実現でき、研究生産性を最大5倍に向上させることができる。

論文解析にかかる時間をわずか6分に短縮し、高速検索により特定の情報を迅速に取得できる技術を提供している。この数値は、九州大学や大阪大学などでの6〜12ヶ月間のパイロット試験から算出されたものだ。

特筆すべきは、九州大学での事例だ。ある研究室では、学生が論文の初稿を書いてから、投稿前の内部修正などのプロセスに12週間かかっていたが、Veritusを使うことで、わずか2週間で完了するようになった。つまり、6分の1の時間コストに短縮されたのだ。

現在では5〜10倍、一部のワークフローでは10倍を超える効率化を実現しており、合計で500時間以上の時間節約につながっている。同社のウェブサイトに掲載されている500時間という数値は実際には控えめな見積もりで、実際にはそれを大幅に上回る効果を実現しているわけだ。

この圧倒的な効率化を支えているのが、同社独自のセマンティック検索技術だ。従来の検索エンジンが単純なキーワードマッチングに依存していたのに対し、Veritusは文脈と意味を理解する高度なAI技術を駆使している。これにより、研究者が求める本当に関連性の高い論文を秒単位で発見することができる。

私たちはアイデアから次のレビュー論文、次の仮説、助成金申請のための文献レビューまで、チームがどれくらいの時間を要するかを計算しました。Veritusとの3ヶ月間の週次インタビューを通じて、Veritusが節約できた時間量を算出しました。(Kala氏)

実際のパイロット試験では、九州大学、大阪大学、そしてアメリカやインドの研究室でも実施された。具体名は明かせないが、これらの6〜12ヶ月間のパイロットを通じて得られたデータが、同社の効率化指標の根拠となっている。

同社のプラットフォームでは、ユーザーがドキュメントをアップロードした瞬間から、ノート作成、論文検索、最新科学との分析、比較まで、すべてがVeritus上で完結する。研究者が複数のプラットフォームを行き来する必要がなく、一貫したワークフローを提供している点も大きな特徴だ。

ゼロエラー哲学

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AI研究支援ツールの市場は急速に発展しており、多くの企業が参入している。しかし、Veritusが直面する競合状況は独特だ。この分野で始めて以来、15〜25社が参入し、何かを構築して、その後撤退するという状況が繰り返されている。

この高い離脱率の背景には、表面的な機能と実用的な価値の間にある大きなギャップがある。PDFの読み取り、セマンティック検索、エージェントの構築を組み合わせることで、実際に80%の機能を1週間以内で構築することができる。しかし重要なのは価値だという。

科学者にとって、エラーの許容範囲はゼロです。エラーは複合的に蓄積され、気づいたときには1,000万米ドルプロジェクトの研究設計が台無しになる可能性があります。そのため、この分野のほとんどの企業は、解約率が高いか、長期間生き残れないかのいずれかです。(Kala氏)

PDF読み上げチャットボットは学生には十分かもしれないが、科学者は研究プロセス全体で誤りが累積し連鎖していくため、誤差を一切許容できない。この理解こそが、Veritusの製品開発における最も重要な指針となっている。

Veritusの技術的優位性は以下の点にある。

  • ハルシネーション(幻覚)フリー:存在しない情報を生成することはなく、言及するすべての情報は実在する。他のアプリケーションでは、存在しない情報を幻覚的に生成する可能性があるが、Veritusではそれが起こらない。
  • 高品質な論文のみを表示:ジャンクサイエンスは除外し、関連性が高く有用な高品質論文のみをエンドユーザーに表示する。
  • 統合プラットフォーム:文書アップロードからノート作成、論文検索、最新科学との比較まで、すべてが一つのプラットフォームで完結。ユーザーがFoxit Readerでアプリを読み、Google ScholarやWeb of Scienceで検索し、ChatGPTで理解を深め、最終的に別のプラットフォームで分析するといった複雑なワークフローを避けることができる。

同社は論文の発見、読解、投稿前解析の3つのワークフローに焦点を絞っている。この集中戦略により、各機能の精度と信頼性を最大化している。研究者にとって最も重要な基本機能を完璧に実行することで、より複雑な機能への拡張時にも高い品質を維持できる基盤を構築している。

同社独自のセマンティック検索データベースには2億2,000万件以上の論文が搭載されており、検索エンジンの構築と運用には月額5,000〜15,000米ドルのコストがかかっている。Amazon AWSの日本法人からもサポートを受けているが、検索処理やデータベース運用などの技術インフラコストについては自己負担で運営している。

こうした技術基盤により、同社は研究者が求める正確で関連性の高い情報を瞬時に提供することができる。従来の検索手法では見つけることが困難だった、深層的な関連性を持つ論文も発見することが可能になっている。

グローバル展開と市場戦略

「500 Global Silicon Valley Extended Program 2025」に参加し、東京でピッチするCOO Anh Ngo氏
Photo credit: Veritus

Veritusは2023年12月に正式に設立され、2025年5月に商用サービスを正式に開始してから7週間が経過した。現在、カーネギーメロン大学、大阪大学、京都大学、チューリッヒのEMPA、複数のインド工科大学(IIT)などの研究者、さらに東京にあるシステム・バイオロジー研究機構(SBI)などの先進的な研究機関に導入されている。全世界で200人以上のユーザーを抱え、40以上の大学・研究機関で利用されている。

同社のユニークな戦略の一つは、学術分野から開始して最終的に産業界のR&D部門に展開するというアプローチだ。これは偶然ではなく、綿密に設計された戦略である。

当初は産業界の研究室を最初のターゲット顧客として考えていたが、初期段階のスタートアップとして、数万米ドル相当の有料概念実証(PoC)がない限り、1万〜1万5千米ドルの投資では、一つのパイロットプロジェクトが財政的に成り立たないという現実に直面した。

そこで同社が選んだのが、学術分野での実績を積み重ねる戦略だった。学術界では最終目標は通常、科学の発表であり、プレプリント段階まではオープンなので、データの安全性、セキュリティ、プライバシーを提供する限り、研究者たちは満足する。

学術系の研究室と産業界の研究室で、核となる科学的プロセスに本質的な違いはない。知識文書(論文、技術レポート、プロトコルペーパー、特許など)の処理方法において、同社の技術は同様に機能する。学術界から産業界への移行は、それほど難しいものでもないのだ。

こうした戦略から、学術界では受け入れられやすく、高い採用率、購買決定における高い自主性を得られる一方、産業界では年間10万米ドル規模の契約が可能となる。学術界では2,000〜3,000米ドル程度の契約規模だが、産業界のR&D研究室向けオンプレミスソリューションへの良いスタート地点となっている。

同社の顧客獲得戦略は、高額なオンプレミスソリューション(営業サイクルが1年半に及ぶ可能性がある)と、解約率が高く定着率の低いB2C型アプローチの中間に位置するスイートスポットを見つけ出すことだ。教授や研究者に価値を提供し始め、その後、彼らの第一次、第二次ネットワークに展開していく戦略を採用している。

マーケティング戦略については、インバウンドとアウトバウンドの両方を組み合わせている。Washington PostやNikkei Asiaなどの新聞社がAI査読スキャンダルについて多くの記事を掲載した際、同社もLinkedInに投稿し、そこで神話や誤った情報を解体し、自社の技術がGPTや他の汎用AIよりもはるかに優れていることを示している。

最近の投稿では、インバウンドトラフィックが前の週と比べ倍増したという。このように、業界の話題やトレンドを活用してオーガニックなリーチを拡大する戦略が功を奏している。現在、LinkedIn、メール、口コミを通じたアウトバウンドキャンペーンを実施している。

目標として、月間経常収益(MRR)5,000〜10,000米ドルの達成を掲げており、定着率、使用性、プロモータースコアが高い水準に達した時点で、産業界のR&D部門にアプローチする計画だ。現在100大学への導入を目指し、特定の収益マイルストーンに到達した後、対面イベントなどより営業活動を本格化する予定だ。

研究者のログイン体験にも工夫を凝らしており、学術研究者が組織のメールアドレスで簡単にログインできるシステムを構築している。パスワードを覚える必要がなくワンクリックサインインが可能だ。同社は研究者のワークフロー内に位置することを重視し、今後もZotero、Overleafやデータサイエンス系ツール、AIエージェントツールなどとの統合を進める予定だ。

沖縄での挑戦と資金調達戦略

Photo credit: Veritus

Veritusは2024年、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のイノベーションアクセラレータープログラムの「バイオコンバージェンストラック」に選出された。このプログラムは23カ国からの申請者の中から厳格な3段階選考を経て、最終的に4チームが選ばれる競争の激しいものだった。

Lifetime Venturesの投資家がPlug and Playでの経験中に出会い、OIST アクセラレーターへの応募を勧めた。これにより一流の研究者へのアクセスが得られるとのことだった。OISTでの経験は、同社の技術開発と研究者コミュニティとのネットワーキングに大きな価値をもたらした。

インド出身の起業家として日本の地でスタートアップを立ち上げるという道のりは、Kala氏にとって想像以上に複雑な挑戦だった。しかし同時に、この経験から日本市場の意外な魅力も発見している。

日本にいることで、毎年、クレジットカードの取得や入国管理の手続きなど、官僚主義的なプロセスを乗り越えるために5週間の生産性を失っています。これらは進歩を遅らせる負担です。

でも一方で、日本の深い研究部門は、高度な才能を持つ多様な国際研究者を引き寄せています。私たちの創業チームは全員日本を拠点としており、解決しようとしている問題を直接経験してきた人々で構成されています。

このような理由から、我々は神戸に本社を置くことに決めました。神戸には強力な国際スタートアップコミュニティがあり、政府支援のイニシアチブが会社設立プロセスをスムーズに進める助けとなりました。(Kala氏)

同社は、ライフタイム・ベンチャーズからの25万米ドルのプレシード資金調達に加え、シリコンバレー、ETHチューリッヒ、インドの投資家から3万米ドルのエンジェル投資ラウンドを完了している。調達資金は主に製品開発、アドバイザーや外部チームとの協業、そして月額5,000〜15,000米ドルを要する検索エンジンの構築・運用コストに充てられている。

特筆すべきは、同社が支出の15%をチームのスキルアップに投資していることだ。業務委託やインターンで参加している人も含め、すべてのメンバーの学習を奨励している。また、Google、Amazon、その他のスタートアップからアドバイザーを招いて指導を受けている。Veritusに参加する人は誰でもスキルアップできるようにするのが同社のミッションの一つだ。

現在同社が最も必要としているのは、研究者や教授とのネットワーク拡大だ。日本国内だけでなく、世界各国の研究者・教授への紹介を通じて、同社プラットフォームの認知度向上を目指している。加えて、年末予定のシードラウンドに向けて、ベンチャーキャピタルやスタートアップエコシステムとのつながりも積極的に求めている。

資金調達以外にも、Veritusは厳選されたアクセラレータープログラムを通じて認知度を高めている。同社は500 GlobalによるJ-StarX Silicon Valley Extended Program 2025を含む複数の権威あるイニシアティブに採択されている。これらのプログラムは、同社のグローバル展開戦略を支援する国際的なネットワークやメンターシップへの貴重なアクセスを提供している。

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