
2025年9月29〜30日、沖縄科学技術大学院大学(OIST)で、OIST Innovationとライフタイム・ベンチャーズの主催により、ディープテックに特化したスタートアップカンファレンス「Startup Elevate」が開催されます。本稿では、このイベントに参加したスタートアップの一部をご紹介します。
タンパク質分解誘導薬(TPD)の領域は、世界の創薬業界において最も注目される革新的技術の一つとして急速に台頭している。この分野で、従来のPROTAC(標的タンパク質分解誘導化合物)を凌駕する独自技術「SNIPER」を武器に、がんや肺線維症などの難治性疾患の治療薬開発に挑むのが、ユビエンス(UBiENCE)だ。
2018年に設立された同社は、東京大学特任教授の内藤幹彦氏の研究成果をベースに、世界初の二機能性タンパク質分解誘導薬の実用化を目指す。代表取締役の岩田康弘氏(メディシナルケミストリー専門)、CPOの高橋伸行氏(薬理学専門)、創業者でCFOの武内博文氏(上の写真、事業開発・管理業務全般)の3人体制でファブレス型の効率的な研究開発を推進している。
タンパク質分解誘導薬市場は世界的に急成長を遂げており、2025年には初のPROTAC医薬品(Arvinasの「Vepdegestrant」)が承認申請段階に到達するなど、実用化フェーズに突入している。一方で、従来のPROTACでは到達できない治療効果の限界が指摘される中、UBiENCEのSNIPERは「1つの薬で2つのタンパク質を同時に分解する」アプローチで、次世代標準治療への道筋を示している。
二機能性独自技術「SNIPER」

従来の創薬アプローチでは、疾患の原因となるタンパク質の機能を「阻害」することで治療効果を得ていた。しかし、この手法では薬剤耐性の発生や、「アンドラッガブル」と呼ばれるタンパク質への対応に限界があった。アンドラッガブルとは、表面に薬剤が結合できる適切なポケット構造を持たないため、従来の低分子医薬品では標的化が困難なタンパク質を指す。
そこで登場したのが、疾患原因タンパク質を細胞内で「分解」するという発想に基づくタンパク質分解誘導薬だ。この技術は、細胞内のユビキチン・プロテアソーム系(タンパク質の品質管理機構)を活用して、標的タンパク質を選択的に分解する。
病気の原因となるタンパクを選択的に分解するという創薬コンセプトは、2000年頃からありましたが、技術的に確立したのは2010年代になってからです。従来は標的タンパク質の機能を阻害することで治療効果を得ていましたが、タンパク質そのものを分解して除去するというのは、これまでなかなかできませんでした。我々が開発しているものは、今までの阻害剤や作動薬と違う立ち位置になります。(武内氏)
PROTACは標的タンパク質とE3ユビキチンリガーゼ(タンパク質分解の目印となるユビキチンを付加する酵素)を繋ぐキメラタイプの化合物である。標的タンパク質に結合する部分と、E3リガーゼに結合する部分を、リンカーと呼ばれる化学結合で連結した構造を持つ。この分子が細胞内で標的タンパク質とE3リガーゼを近づけることで、標的タンパク質にユビキチンが付加され、プロテアソームによる分解が誘導される。
UBiENCEが開発するSNIPERの最大の特徴は、従来のPROTACを超越したTwo-hand効果(両手で2つを同時につかむように、2つのタンパク質を同時に分解する二機能性)にある。一般的なPROTACが標的タンパク質の分解のみを行うのに対し、SNIPERは標的タンパク質に加えて、疾患特異的に高発現するIAP(アポトーシス阻害タンパク質)も同時に分解する仕組みを持つ。アポトーシスとは、想定された細胞が自発的に死ぬメカニズムのことだ。IAPの高発現により、アポトーシスが阻害されることで腫瘍が活性化する。このため、これまでにも、さまざまな製薬会社がIAPの阻害剤に取り組んできた経緯もある。
各社が狙いたい標的タンパク質に対してPROTACを作る際、一般的にはCRBN(セレブロン)やVHL(フォン・ヒッペル・リンダウタンパク質)など、業界で標準的なE3リガーゼを使用します。この方法では標的タンパク質は分解できても、病気に関連するE3リガーゼは分解されません。一度に一つの標的しか攻撃できないという限界があるのです。(武内氏)

一方、UBiENCEのIAPリガンド(アポトーシス阻害タンパク質に結合する化合物)を使用した場合、標的タンパク質とがんや線維症で高発現するIAPも壊すことができ、この二重の作用機序により、従来の治療薬より強力にタンパク質を除去することが期待される。がん細胞の増殖抑制実験では、一般的なタイプが約80%の抑制効果を示すのに対し、SNIPERでは90%以上の抑制効果を実現した。
がんは、増殖抑制が非常に困難な細胞です。少し残っている場合でもまた増殖してしまう。そうすると、増殖して、さらに変異を起こす場合もあるので、今までの薬が効かなくなるというリスクがあります。したがって、完全に近い形で抑えこむことが特に重要なのです。(武内氏)
SNIPERは、薬剤耐性に対しても力を発揮することが期待される。従来の阻害剤では、標的タンパク質の特定部位(活性部位)に結合する必要があったため、変異で「鍵穴の形が変わる」と効果を失ってしまう。しかし、SNIPERでは標的タンパク質のどこかにつながればユビキチン化(分解の目印付け)を誘導できるため、化合物の構造次第ではあるが、変異による耐性獲得に対しても対応できる可能性がある。
Grand View Researchによると、業界ではPROTACのようなキメラタイプが全体の約50%を占め、単一分子による分解誘導を行うモレキュラーグルー(分子糊)タイプなども含めて多様な技術アプローチが競合している。モレキュラーグルーとは、標的タンパク質とE3リガーゼを直接結合させる低分子化合物で、PROTACのようなキメラタイプではなく、単一の化合物で分解を誘導する技術である。しかし、UBiENCEのSNIPERのようなTwo-hand効果を持つアプローチは極めて稀有で、同社独自の技術領域を確立している。
薬物動態の観点からも、SNIPERは優れた特性を示している。従来の阻害剤では、標的タンパク質への結合部位が限られているため、効果を得るには高い薬剤濃度が必要となる「用量依存性」の問題があった。SNIPERでは効率的なタンパク質分解により、低用量でも高い治療効果が期待でき、患者の身体への負担を軽減しながら、より安全で効果的な治療が可能になる。
ファブレスとパートナーシップで戦略的な経営

UBiENCEは設立以来、極めてリーンな組織運営を貫いている。取締役3人体制で、ファブレス型スタートアップ(製造設備を持たず、研究開発に特化した事業モデル)として固定費を最小限に抑えた運営を徹底している。研究開発の実務はインドの創薬受託機関(CRO)にアウトソースし、早期からグローバル体制を構築している。
3人の専門性のバランスも絶妙と言えるだろう。岩田氏の化学的専門知識により、独自のIAPリガンドの設計・合成が可能となり、高橋氏の薬理学的知見により、SNIPERの二機能性を生物学的に検証・最適化している。そして、武内氏のビジネス面での統括により、グローバルな戦略的パートナーシップの構築や資金調達が円滑に進められている。
武内氏は創薬スタートアップ経営の豊富な経験を持ち、2021年から2024年まで上場創薬会社のラクオリア創薬で社長を務め、同社でタンパク質分解誘導薬を手がけるファイメクスの買収を主導した実績もある。こうした事業開発・M&A経験がUBiENCEの戦略的成長にも活かされている。

Image credit: UBiENCE
現在のパイプラインは4つの異なる疾患別プロジェクトで構成されている。最も進展しているのは特発性肺線維症(IPF)を標的とした治療薬で、デ・ウエスタン・セラピテクス研究所(DWTI)との共同研究により開発を加速している。
各パイプラインにおいて戦略的パートナーシップを構築する理由について、武内氏はリスクヘッジと専門性の活用を挙げた。共同でプロジェクトを遂行するため、コスト面でリスク分散に繋がるということもあるが、なにより自分たちだけでは対応できない専門領域をパートナーと組むことで技術力や知見を補完できるというメリットもある。
特に専門性の観点では、疾患領域ごとの特殊性が重要な要因となる。同社のパイプラインには眼科領域も含まれているが、眼科は極めて専門性の高い領域の一つだと武内氏は指摘した。
例えば目は特殊な臓器で、免疫系や薬物動態は、他の臓器にない動きをします。目の疾患を放置すると、失明に代表されるように、QOL(生活の質)に大きく影響します。また薬に求められる安全性や要件が他の疾患領域の薬とは違ってきます。それが、専門的な知見を持つパートナーとの協業が不可欠な理由です。(武内氏)
このような創薬における難易度を考慮し、武内氏は他の創薬企業との協業を前提とした戦略の必要性を強調した。共同研究アプローチは、協業実績として、将来の資金調達や事業展開において重要な信用創出をもたらす効果もある。特に、がん治療における併用療法の重要性を考慮すると、パートナー企業の既存薬との組み合わせによるシナジーも期待できる。
世界展開する日本の創薬スタートアップが抱える課題

グローバル展開において、UBiENCEは早期段階からの関係構築を重視している。一般的に創薬スタートアップは、ライセンスアウトまでの道のりは短くなく、成功事例を見ても長期的なコミュニケーションが必要となる。武内氏によると初期の接触から最終的な契約締結まで約8年の歳月を要したケースもあるという。
このような長期間にわたる関係構築プロセスにおいて、UBiENCEは提携相手の特性や企業文化を理解した戦略的アプローチを重視している。特に重要なのは、外資系製薬企業と日本企業の間に存在する事業開発に対するアプローチの違いへの対応だ。外資系企業では日本企業より技術導入の実績が担当者の成績評価により大きく反映されることが多く、ビジネス開発専門の担当者が継続的な情報交換を通じて技術獲得の機会を探索する仕組みが確立されている。
一方、日本企業では社外で生まれた技術のライセンス導入に積極的なオープンイノベーション部門と、日夜、社内で新技術の開発に勤しむ研究部門との間で軋轢が生まれることがある。こうした軋轢を回避するためには、相手先のニーズを踏まえた上でシナジーがあることを理解してもらい、相互互恵型の提携を創り上げる必要がある。要は、組む相手の特性に応じて、組み方を変えなければならない、ということだ。日本企業では、共同研究という形で協業や並走をした方が社内の理解を得やすいかもしれない。
また、海外展開では学会や業界カンファレンスでの情報発信も重要だ。海外のTPD(タンパク質分解誘導薬)関連カンファレンス——Annual TPD & Induced Proximity Summit(アメリカ・ボストン)、TPD & Induced Proximity Summit Europe(イギリス・ロンドン)、JP Morgan Healthcare Conference(アメリカ・サンフランシスコ)——などへの参加を通じて、研究・事業開発・ファイナンスの多面的なアプローチが欠かせない。
しかし、こうしたグローバル展開を図る上で、日本の創薬スタートアップは国内制度の構造的な制約に直面している。武内氏は日本の創薬スタートアップを取り巻く環境について、シーズ創出環境では改善が見られるものの、社会実装段階では深刻な課題が存在すると指摘する。主要な問題として以下の点が挙げられる。
- 基礎研究への資金不足 …… 諸外国が研究資金を大きく増やす中で、日本は「選択と集中」政策によって、アカデミアへの研究資金が偏在・不足しており、基礎特許の範囲が狭いなど、必ずしも十分な内容となっていないものが散見される。このため製薬大手の期待に沿う特許となっていないことが少なくない。当然、創薬スタートアップを設立してもスケールしにくく、日本の知的財産の国際競争力が削がれている状況にある。
- 安全性試験などの実用化段階での公的支援の欠如 …… 細胞毒性や安全性評価は民間企業が行うべき業務という考えが背景にあり、既存の研究費では十分なデータが得られないことが多い。特にアカデミア発のシーズの場合、この段階に対する補助金制度が日本には存在しないという政策的な空白がある。幸い、アカデミアの研究者等の不断の努力により基礎研究力は、まだ低下には至っていない。アカデミア創薬を指向するのであれば網羅的な支援が早急に必要である。
- IPO制度の構造的欠陥 …… アメリカでは市況により大きく変動するが、好況期には年間100社を超えるバイオスタートアップがIPO申請を行う(2021年は143社)のに対し、日本では例えば直近の2024年のIPOは4社のみという極端な格差が存在する。アメリカでは最短で約半年程度の審査でIPOが可能だが、日本では直近2期の無限定適正意見と直近の四半期報告書が同様に求められ、現実としては最低3年を要する。
上場に至るまでの資金調達環境も大きく異なる。アメリカでは、シリーズH(資金調達の第8ラウンド)やI(第9ラウンド)を経て上場するケースも少なくなく、自社でPoC(薬の有効性を初めて実証すること)を取得しているケースが多い。一方で日本は、シリーズC〜E(第3〜5ラウンド)で上場するケースが多く、ライセンス先がPoCを取得、或いはそれより早い段階でライセンスしているケースが多い。
こうした違いは、NPV(将来得られる利益の現在価値)に大きな違いをもたらす。当然、バリュエーションが大きくなるのは、自社開発を進めた方だ。ある意味では、アメリカの方が投資家やアナリストの選別が厳しいが、そのための環境も整っている。日本でもVCやスタートアップ側でそうした方向に向けた取り組みが進んでいるが、後押しする施策や環境整備は急務だ。 - 顧みられない〟個人投資家保護 …… 日本の上場バイオの多くは個人投資家が支えているが、豊富な資金力と高度な取引技術を持つ機関投資家による信用取引の標的になりやすい。その結果、業績によらない短期的な株価の引き下げや過度なボラティリティが発生しやすく、企業の本来価値に基づいた適正な株価形成が阻害される。
こうした市場環境では、個人投資家の長期保有のインセンティブを下げるだけでなく、創薬スタートアップが必要とする資金調達が行えず、長期的な研究開発に集中することが困難になる。結果として健全な企業育成が阻害される構造的問題が存在している。解決策としては、例えば継続企業の前提(ゴーイング・コンサーン)に疑義のある会社に対する信用取引規制等が考えられるが、一方で自由な取引による機関投資家の利益を損ねるという観点もあり、対策は放置されたままになっている。
こうした制度的ハンディキャップが解消されない限り、日本のバイオテック産業の発展は制約を受け続けることになるだろう。世界的な創薬競争が激化する中、日本がこの分野での競争力を維持・向上させるためには、部分的な制度調整ではなく、アメリカやヨーロッパの成功事例を参考にした包括的な制度改革が急務となっている。
2030年代の実用化を目指す

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UBiENCEの開発ロードマップによると、最も進展している特発性肺線維症(IPF)向け治療薬は、2030年後半の実用化を目指している。現在はリード・オプティマイゼーション(主要化合物の最適化)段階にあり、その後、3つのフェーズ(第Ⅰ相、第Ⅱ相、第Ⅲ相臨床試験)を経て、承認取得まで約10年の開発期間を見込んでいる。
創薬スタートアップにおいては、自社で最終的な製品化まで手がけることが理想的だが、臨床試験から製造販売までには数百億円規模の資金と高度な専門性が必要となるため、資金や時間の制約を考慮するとライセンスアウト(自社が開発した技術や特許を、大手製薬会社などに使用許可を与えること)が現実的とされる。
また、抗がん剤治療では単剤での完治は困難なケースが多く、複数の薬剤を組み合わせた併用療法が標準となっている。がん領域においては、パートナー企業の既存薬剤との組み合わせによる相乗効果を期待できるため、戦略的提携には相互利益が生まれることになる。患者にとって有効な併用治療の選択肢を提供することになる。
技術的な発展方向については、現在の4つのパイプラインに加えて、疾患特異的なターゲットの拡大も計画している。特に、がんに特異的に出てくるE3リガーゼを活用したより精密な治療法や、タンパク質分解技術の枠を超えて抗体薬物複合体(ADC)等への拡張も視野に入れている。
今後の市場展開については、既存のPROTACやモレキュラーグルーとの競合ではなく、技術の棲み分けを想定している。武内氏は疾患や標的タンパク質の特性に応じて最適な技術が選択されるという見方を示し、より強力な治療効果が求められる疾患領域ではSNIPERが、標的のタンパク質の分解で十分な場合には既存のPROTACやモレキュラーグルーが活用されるという共存関係を描いている。
資金調達については、現在シードの段階にあり、VC(ベンチャーキャピタル)と事業会社からの投資を積極的に進めている。投資家への訴求力を高めるため、Startup Elevate などのパブリックな場での露出も戦略的に活用し、技術の優位性と市場機会を効果的にアピールしている。
UBiENCEの挑戦は、単なる技術開発を超えて、創薬業界全体のパラダイムシフトを牽引する可能性を秘めている。従来の「阻害」から「分解」へ、単一標的から「二重標的」への転換は、薬剤耐性を克服し、完全寛解に向けた新たな治療選択肢を提供する革新的アプローチである。
特に重要なのは、アンドラッガブルとされてきた標的への対応能力だ。2つの標的を分解という全く新しいメカニズムを採用していることで、従来の創薬では不可能だった、あるいは十分な治療効果が得られたなかった疾患の治療薬化が期待される。こうした革新的技術の実用化を後押しするのが、急速に成長するタンパク質分解誘導薬市場の存在だ。
2030年代の実用化に向けて、UBiENCEが切り拓く次世代創薬革命は、がん、線維症をはじめとする難治性疾患に苦しむ世界中の患者に新たな希望をもたらすだろう。同社の技術革新への取り組みは、世界の創薬業界において日本のバイオテクノロジー産業の新たな可能性を示している。