装置・材料の日本、製造の台湾——両者に跨る半導体サプライチェーンのR&DをAIで加速するTricuss


このスタートアップは、台湾・新竹を拠点とする「StarFab Accelerator」に採択され、2025年10月31日に開催される「The 12th Cloud Computing Day Tokyo」に出展する予定です。

2025年は「AIエージェント元年」として世界中で注目を集めている。消費者向けのAIアシスタントから企業向けの高度な意思決定支援システムまで、AI技術は急速に進化を遂げているが、その中で台湾のスタートアップTricuss(十論科技)は、極めてユニークなポジションを確立している。同社が提供する「Co-Researcher AI Agents(共同研究者AIエージェント)」は、半導体製造という世界で最も複雑かつデータ集約的な産業において、研究者やエンジニアの能力を飛躍的に向上させる革新的なソリューションだ。

同社の名称「Tricuss」は、英語の「Discuss(議論する)」に由来する。元々「Discuss」は「2人の対話」を意味するが、接頭辞の「Tri(3)」を付けることで、「未来の議論にはAIが参加する」という同社のビジョンを表現している。単なる二者間の対話を超え、人間とAIが協働する新しいコラボレーションの形を目指すという意味が込められているのだ。創業者でCEOのNai-Hsiang Wang(王迺翔)氏は建築学研究科出身という異色の経歴を持ち、工学と哲学の両方を学んだバックグラウンドが、同社の製品設計に独自の視点をもたらしている。

2022年5月の創業以来、Tricussは約20社の中堅・大手企業との実績を積み上げてきた。顧客にはAUO(友達光電)、MiTAC(神達電脳)、Hermes Epitek(全新光電)といった台湾を代表する半導体・電子部品メーカーが名を連ねる。NvidiaのInception Programのトップパートナーであり、Nvidia GTCでのスピーカー登壇、IntelのEdge Solutions Challengeでの優勝など、技術面での評価も極めて高い。そして今、同社は2025年のプレシードラウンドの資金調達を準備しながら、日本市場への本格進出を視野に入れている。

1日1万米ドルのコストと統計学の壁

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半導体製造において「レシピ(製造プロセスパラメータ)」の最適化は、製品品質と収益性を左右する極めて重要な要素だ。しかし現実には、この最適化プロセスは依然として試行錯誤的なアプローチに大きく依存している。研究者は500以上のセンサーやパラメータを分析しなければならず、その複雑さは他の製造業とは比較にならないレベルだ。

Wang氏は業界が直面する課題を具体的な数字で説明する。

小規模な実験施設でも、1回のウェハー試作に約1万米ドルのコストがかかります。しかも最適なレシピを見つけるには10~12回の実験が必要です。毎日1万米ドルの費用が発生しているのです。(Wang氏)

さらに深刻なのは時間的なプレッシャーだ。半導体業界では競争が激しく、TSMC(台湾積体電路製造)のようなトップ企業は可能な限り早く正しいレシピを見つける必要がある。製品投入の6ヶ月の遅延が、ハイテク企業の収益性を33%も低下させる可能性があるという研究結果もある。この時間とコストの制約が、業界全体に大きなプレッシャーをかけているのだ。

しかし、最も根本的な問題は人材のスキルギャップにある。半導体製造では、統計学的手法が不可欠だ。実験計画法(DOE)、タグチメソッド、多変量解析、さらには機械学習モデルといった高度な分析手法を使いこなせる必要がある。だが現実には、多くの研究者は化学や材料科学の専門家であっても、統計学の深い知識を持っているわけではない。

半導体業界のデータは、他の製造業と比較して桁違いに複雑です。多くの研究者はExcelでの簡単な分析しかできず、MinitabやSPSSといった統計ツールを使いこなせる人材は限られています。(Wang氏)

この状況は、企業がデジタル化に多額の投資を行い、IoTセンサーを大量に設置してデータを収集しているにもかかわらず、それを実際の意思決定に活用できていないという矛盾を生んでいる。データはあるが、それを分析し、実行可能な洞察に変換できる人材が不足している。この「データドリブン企業」への転換における巨大なギャップこそが、Tricussが解決しようとしている問題なのだ。

バーチャルな統計専門家をあなたの隣に——AIが変える半導体研究開発

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Tricussが提供するのは、単なるデータ分析ツールではない。同社のプラットフォームは、統計学の博士号を持つ専門家が常に隣で協働しているような体験を、すべての研究者やエンジニアに提供する。

システムの中核となる「データリサーチャーAIエージェント」は、企業の既存ワークフロー、システム、データ(構造化・非構造化の両方)と完全に統合される。REST API、MQTT、SQL Serverといった標準的なプロトコルから、Oracle、PostgreSQL、MySQL、SAP HANA、Salesforceといった企業システム、さらにはIoTデバイスまで、400種類以上のデータソースに対応している。

私たちのコアとなる研究者エンジンは、統計学の博士号を持つ専門家があなたと一緒に働いているようなものです。(Wang氏)

ユーザーは自分の専門知識(例えば化学材料の知識)を、AIエージェントの統計的専門知識と組み合わせることができる。結果として得られるのは、量的データだけでなく質的な洞察も含む包括的な分析だ。

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同社のソリューションがもたらす価値は、4つの次元で表現できる。

  • 深度(Depth)…… 表面的な分析から根本原因の特定、予測、最適化まで対応する。システムは10種類以上の統計手法や機械学習モデル(回帰分析、異常検知、予知保全、サプライチェーン最適化など)を自動的に適用し、どのパラメータ(温度、圧力、流量など)が問題を引き起こしているかを特定する。従来なら統計学やAIの修士レベルの知識が必要だった分析が、誰でも実行できるようになる。
  • 速度(Speed)…… 実際の導入事例では、1,000万件のデータを12秒で分析している。データベースへの接続、SQLクエリの作成、分析の実行、チャートの描画、洞察の提供まで、すべてが12秒以内に完了する。従来なら数日かかっていた作業が、わずか数秒で完了するのだ。
  • 到達範囲(Reach)…… 専門家だけでなく、すべての研究者やエンジニアが高度な統計分析にアクセスできるようになる。これにより、組織全体のデータリテラシーが向上し、より多くの人が証拠に基づいた意思決定を行えるようになる。
  • 先見性(Proactivity)…… 反応的な意思決定から予測的な意思決定へのシフトを可能にする。問題が発生してから対処するのではなく、AIエージェントが事前に問題を予測し、予防的なアクションを推奨する。

従来、研究者はMinitabやSPSSといった複雑な統計ツールを使いこなす必要があったが、Tricussのエージェントはこれらのツールの専門知識を内包している。ユーザーは自然言語で質問するだけで、AIエージェントが適切な統計手法を選択し、分析を実行し、結果を解釈してくれる。これは、データ分析の民主化とも言える変革だ。

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Tricussのシステムが他の分析ツールと一線を画すのは、単に数値やグラフを提供するだけでなく、文書理解能力と組み合わせて実行可能な推奨事項まで提示する点だ。

例えば、研究者が「均一性を3%以下に抑えたい」という目標を設定したとする。AIエージェントは以下のような包括的な対応を行う。

まず、適切な統計手法(例えば分散分析、相関分析、主成分分析など)を使ってデータを分析し、どのパラメータ(流量、温度、圧力など)をどのように調整すべきかを具体的に提示する。しかし、Tricussの真の革新性はここからだ。

システムは分析で得られた指標(例:特定の因子の偏差が3%を超えている)をもとに、企業の内部文書を自動的に検索する。マニュアル、SOP(標準作業手順書)、過去の研究報告書、技術論文など、あらゆる形式の文書が対象となる。OCR(光学文字認識)とLLM(大規模言語モデル)を組み合わせることで、PDF、Word、Excel、PowerPoint、さらには画像ファイルまで処理できる。

実際のユースケースでは、AIエージェントが以下のような推奨事項を提供する。

  • 収率改善 …… 高頻度の欠陥(例:ブライトステート欠陥)について、装置の生産パラメータを確認し、プロセステンションを改善して欠陥の発生を減らすよう推奨。
  • 装置点検 …… 非周期的な欠陥について、ローラーの相対位置を確認し、アクションを取った後にさらなるAOI(自動光学検査)点検を実施して改善を確認するよう指示。
  • 製品リスク管理 …… QC(品質管理)所見として異常が検出されなかった場合でも、提案された取り扱い方法として、メインの欠陥DT値が0.5以上の場合、アイテムを保留にして品質保証担当者がレビューし、次のステップを決定するよう提案。
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さらに、システムは企業の研究論文や技術文書をグラフデータベースとベクターデータベースに変換する。これにより、定量的な分析結果に、過去の研究知見や専門家の見解といった定性的な情報を組み合わせた、より包括的な推奨事項を生成できる。例えば、特定のパラメータ調整が必要と判断された場合、過去の類似ケースでどのような結果が得られたか、関連する学術論文ではどのような知見があるかといった情報も併せて提供される。

Tricussの技術的な強みの一つは、LLMの「幻覚(ハルシネーション)」問題への対処だ。同社は混合型の検索アルゴリズムを採用し、情報の正確な引用と参照を実現している。他の多くのベンダーが80%の精度を約束するのに対し、Tricussは95%の精度を保証し、実際の案例では99%の精度を達成したケースもあるという。これは、企業の意思決定支援ツールとして極めて重要な要素だ。

シミュレーション連携と完全オンプレミス

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Tricussの革新性は、物理的な実験だけでなく、シミュレーションツールとの連携と、完全にオンプレミスで動作するエンタープライズアーキテクチャにも及ぶ。

AIエージェントは、シミュレーションソフトウェアと連携し、完全に自律的な研究者として機能する。具体的なプロセスは以下のようなサイクルで構成される。

まず、AIエージェントが機械学習モデルを使って最適と思われるパラメータセットを提案する。次に、MCP(Message Communication Protocol)サーバーまたは自動化スクリプトを通じて、シミュレーションツールに新しいパラメータを自動的に入力し、シミュレーション実験を開始する。シミュレーションが完了すると、AIエージェントが結果を取得し、評価する。

結果が目標値に達していない場合、AIエージェントは機械学習モデルを使って分析モデルを改善し、新しいパラメータセットを提案する。このサイクルは、最適な設計またはレシピが見つかるまで自律的に継続される。

さらに注目すべきは、Tricussが開発した独自の探索アルゴリズムだ。従来のDOE手法と比較して、10次元のパラメータ空間において最大1,000万倍の効率向上を実現でき、実験回数を劇的に削減できる。

同社はNvidiaのソリューション「Omniverse」とも協力している。Omniverseは物理シミュレーションのための統合プラットフォームで、Tricussのデータ分析・最適化システムと組み合わせることで、デジタルツインや仮想工場のシナリオでも活用できる。

Nvidiaは自社のOmniverseをシミュレーションユースケースに拡大したいと考えており、私たちのデータ分析システムとの連携を進めています。(Wang氏)

このアプローチの利点は多岐にわたる。まず、物理的な実験コスト(1回1万米ドル)を大幅に削減できる。次に、実験の並列化が容易になり、複数のパラメータセットを同時にテストできる。さらに、失敗を恐れずに大胆な実験ができるため、より革新的なソリューションを発見できる可能性が高まる。

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IBM, Dec. 2023, Global AI Adoption Index Report
McKinsey, Jun. 2023, The economic potential of generative AI

半導体業界において、製造レシピやプロセスデータは最高レベルの企業秘密だ。Tricussはこの点を深く理解し、完全にオンプレミスで動作するシステムを設計している。

私たちは、OpenAIのラッパーではありません。独自にモデルを訓練しています。(Wang氏)

同社はオープンソースの言語モデル(例:Llama、Mistral、Qwen=通義千問など)をベースに、産業用アルゴリズム、統計手法、最適化手法、シミュレーション技術、機械学習・深度学習のトレーニングスクリプトなど、企業固有のニーズに合わせてモデルをファインチューニングしている。すべてのアルゴリズムはオンプレミスで動作し、インターネット接続は不要だ。これは、TSMCのようなトップ半導体企業が求める厳格なデータセキュリティ要件に応えるためだ。

システムのアーキテクチャは、エンタープライズグレードのAIエージェントに必要な4つの要素を満たしている。

  • 連携性 …… 既存のエンタープライズワークフロー、システム、構造化・非構造化データとの連携。ERP、CRM、MESといった基幹システムから、各種文書管理システムまで、幅広い連携が可能。
  • データスケール …… TB(テラバイト)~PB(ペラバイト)レベルの大規模データと数十年分の過去の文書に対応。単一部門レベルでも数十億レコードのデータを扱える。
  • 複雑なシナリオ …… 単純な質問応答ではなく、データ分析と意思決定支援という複雑なプロセスに対応。多段階の推論、複数のデータソースの統合、因果関係の分析など、高度な認知タスクを実行できる。
  • セキュリティ …… データの隔離、オンプレミス配置、ハイブリッドクラウド対応。すべてのデータ処理は企業のファイアウォール内で完結し、外部への情報漏洩リスクを最小化。

Wang氏によれば、多くの企業が独自にAIシステムを構築しようとしたり、単純にGPT APIを使った他のプロバイダーを試したりしたが、「納品に2倍の時間がかかり、エンタープライズ標準を満たせなかった」という。

Tricussは消費者向けAIとエンタープライズグレードAIの間に存在する「巨大なギャップ」を埋める存在として位置づけられている。消費者向けのChatGPTは確かに便利だが、企業の機密データを扱い、99%以上の精度で分析し、既存システムと連携し、24時間365日安定稼働するエンタープライズシステムとは要件が全く異なる。

同社は完全なGPUサーバーソリューションも提供しており、Nvidiaの認定パートナーとして、ハードウェアからソフトウェアまでの統合ソリューションを提供できる。これにより、顧客は複数のベンダーとやり取りする必要がなく、ワンストップでAIエージェントシステムを導入できる。

日本市場への戦略的進出と多様な顧客基盤

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Tricussが日本市場を重視するのには明確な戦略的理由がある。Wang氏は日本の半導体産業の強みを高く評価している。

半導体製造装置において、日本は依然として世界市場の60%以上のシェアを持つリーダーです。材料分野でもトップクラスです。(Wang氏)

確かに、東京エレクトロン、SCREENホールディングス、KOKUSAI ELECTRICといった装置メーカー、JSR、信越化学工業、住友化学といった材料メーカーは、グローバルな半導体サプライチェーンにおいて不可欠な存在だ。一方、ファウンドリ(受託製造)分野では台湾のTSMCが圧倒的な強さを誇っている。

この相互補完的な関係こそが、Tricussの戦略の核心にある。台湾、日本、韓国、アメリカは半導体バリューチェーンの中核を形成しており、これらの市場を攻略することが、グローバル展開の基盤となる。ただし、日本市場への参入戦略は慎重だ。

短期間で日本のビジネス文化を理解することは非常に難しい。日本企業がどのようにビジネスを始めるか、適切なアプローチは何か、これらを理解するには時間が必要です。(Wang氏)

そのため、同社は直接販売ではなく、ビジネスパートナーを通じた間接的なアプローチを計画している。具体的には、SI-er(システムインテグレータ)やVAR(付加価値再販業者)との協力を想定している。特に、日本企業と20~30年の取引実績を持つ台湾のSI-erは、文化的な橋渡し役として重要な役割を果たす。

私たちは経験豊富なパートナー企業を通じて日本市場に参入します。彼らは既に日本のビジネス慣行を理解しており、長年の信頼関係を持っています。(Wang氏)

この戦略は、文化的な障壁を乗り越え、既存の信頼関係を活用しようとする現実的なアプローチだ。半導体業界では信頼が極めて重要であり、新参者が直接大手企業にアプローチするよりも、信頼されているパートナーを通じた紹介の方が効果的だ。

グローバル展開の長期ビジョンとしては、まず台湾、日本、韓国、アメリカという半導体バリューチェーンの中核市場を攻略する。その後、バイデン政権のCHIPS法により工場建設が進んでいるヨーロッパ各国(フランス、ドイツなど)にも展開していく計画だ。

バイデン政権のCHIPS法により、世界中の国々が自国で半導体工場を建設しようとしています。フランスもドイツも、独自の工場を持ちたいと考えている。これは私たちにとって、グローバルに展開するチャンスです。(Wang氏)

この戦略は、地政学的なトレンドを的確に捉えている。半導体のサプライチェーンが多極化する中、各国が製造能力を強化しようとしており、それに伴ってTricussのようなソリューションへの需要も高まっている。

日本市場での具体的なターゲット顧客として、Wang氏は半導体製造装置メーカーや材料メーカーを想定している。こうした企業にとって、Tricussのソリューションは顧客(半導体メーカー)への付加価値サービスとしても提供できる可能性がある。

Tricussは2025年5月、Computex Taipei開催中にサイドイベントとして開催された「Nvidia GTC Taipei」にも登壇した。
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技術面での評価も極めて高い。Tricussは次のような実績を持つ。

  • NvidiaのInception Programのトップパートナーであり、Nvidia GTCでスピーカーとして登壇。実際のプレゼンテーションでは、10分間で1,000万件のデータを分析するデモンストレーションを行い、聴衆に強い印象を与えた。
  • IntelのEdge Solutions Challengeで優勝。Wang氏は「これはスタートアップコンペティションではなく、世界トップ企業が競う技術コンペティションでした」と強調する。この優勝は、Tricussの技術力が単なるスタートアップレベルではなく、グローバル企業と競争できるレベルにあることを証明している。
  • QualcommのInnovate in Taiwan Challenge 2025(高通台湾創新挑戦賽)にも参加し、AI分野での技術革新を評価されている。Qualcomm、Intel、Play、Garage+(車庫+)といったアメリカやグローバルのアクセラレーター・プログラムとの関係は、同社の国際展開を支える重要な基盤となっている。
  • 台湾では、Draper University、Microsoft for Startups、AWS Startupsなどのアクセラレーターにも参加し、クラウドインフラやスタートアップエコシステムへのアクセスを確保している。また、Taiwan Startup Hub(台湾新創基地)の第5期チームとして、台湾政府からも支援を受けている。

これらのパートナーシップは、単なる名目的なものではない。NvidiaとはGPUサーバーの最適化や、Omniverseとの統合について技術的な協力を行っている。Intelとはエッジコンピューティング環境でのAIエージェント展開について議論している。こうした具体的な技術協力が、Tricussの製品開発を加速させている。

Tricussは2025年にプレシードラウンドの資金調達を計画している。同社は2022年5月の設立以来、創業者の自己資金と初期の顧客プロジェクトからの収益で運営してきたが、日本やアメリカへの本格展開を視野に入れ、外部資金の調達を決定した。

現在、台湾とアメリカの両方のベンチャーキャピタルや戦略投資家との交渉を進めている。すでに台湾のMIT(Management Innovation Technology、管理創新科技)などからの投資を受けているが、さらなる資金調達により、製品開発、営業体制の強化、国際展開を加速させる計画だ。

日本の半導体関連企業の中にも、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を持つところがあります。そうした企業からの投資は、資金調達だけでなく、協業の機会にもつながります。(Wang氏)

実際、Wang氏がアメリカを訪問した際、多くの企業がイノベーションを取り込む手段として投資を活用していることを実感したという。単なる財務的投資ではなく、戦略的パートナーシップの一環としてスタートアップに投資し、その技術を自社のエコシステムに取り込むというアプローチだ。

Tricussのビジネスモデルは、エンタープライズSaaS(Software as a Service)とオンプレミスライセンスのハイブリッド型だ。顧客の規模やセキュリティ要件に応じて、クラウド版とオンプレミス版の両方を提供している。

料金体系は、基本的にユーザー数ベースのサブスクリプションモデルだが、大規模展開の場合はカスタマイズされた契約も可能だ。また、初期導入時のコンサルティングやカスタマイゼーション、トレーニングなどのプロフェッショナルサービスも提供している。

同社の収益構造は、ソフトウェアライセンス収入が約70%、プロフェッショナルサービスが約30%という構成だ。今後、顧客基盤が拡大し、製品が成熟するにつれて、ソフトウェアライセンスの比率をさらに高めていく計画だ。

調達した資金の使途としては、製品開発(40%)、営業・マーケティング(30%)、人材採用(20%)、運営資金(10%)を想定している。特に日本市場への参入には、現地でのプレゼンス確立、文化的な適応、長期的な関係構築が必要で、それには相応のリソースが必要だとWang氏は説明する。

AIで文明の進歩を加速する

左から:CEO Nai-Hsiang Wang(王迺翔)氏、CTO Zu-Yi Weng(翁祖毅)氏
Photo credit: Taiwan Startup Hub(台湾新創基地)

Wang氏の経歴は、典型的な技術系スタートアップ創業者とは異なる。建築学研究科出身で、学部時代は工学と哲学の両方を学んだ。この多様なバックグラウンドが、Tricussの製品設計に独自の視点をもたらしている。

高校時代から起業したいと思っていました。さまざまな起業関連のコースや活動に参加し、ゼロから何かを作り上げるプロセスが好きでした。(Wang氏)

創業前、Wang氏は約2年間をかけて、AIエージェントでマーケットリーダーになれる最適な業界を探索した。この探索プロセスは、同社のビジネス戦略の慎重さを示している。

私は半導体業界出身ではありません。しかし、TSMC(台湾積体電路製造)のコンサルタントと協力し、業界の課題を深く理解しました。その結果、「Co-Researcher in Statistics(統計の共同研究者)」というAIエージェントのアイデアが、半導体業界の具体的なペインポイントと完全に一致することがわかったのです。(Wang氏)

この「ペインポイント」とは、単なる技術的な課題ではなく、経済的なインパクトを持つ問題だ。1日1万米ドルのコスト、6ヶ月の遅延による33%の収益性低下、これらは企業が解決するために多額の投資をする価値のある課題だ。

重要なのは、顧客が十分なお金を払う意思があるかどうかです。技術的に優れていても、顧客が価値を認識し、予算を割り当てなければビジネスにはなりません。(Wang氏)

この思想は、同社の製品設計にも反映されている。TricussのAIエージェントは、単なるツールではなく、チームメンバーとして扱われるように設計されている。ユーザーはAIエージェントと自然言語で対話し、質問し、議論し、共同で問題を解決する。

Wang氏は成功する創業者の条件についてもこう語る。

重要なのは意思決定能力です。最小のコストで最大の効果を達成する。潜在的な利益、期待値、リスク、コストパフォーマンスを判断し、最も効率的なことに集中する。創業後、この思考プロセスが大きく進歩しました。(Wang氏)

実際、Tricussの戦略は非常に計算されている。半導体という高価値市場を選び、台湾でまず実績を作り、次に日本、アメリカという主要市場に展開し、最後にヨーロッパなどの新興市場に進出する。各段階で適切なパートナーを選び、適切なタイミングで資金調達を行う。この戦略的な慎重さが、同社の成功の基盤となっている。

同氏の経営哲学には、創業の結果よりもプロセスを重視する姿勢も見られる。「創業後、成功するか失敗するかに関わらず、そのプロセスを経験することで成長できる」と述べ、意思決定の際には直感的に費用対効果を判断し、アイデアを計画・評価し、俯瞰的な視点で思考して決断できるようになったという。

AIエージェント市場の転換点と未来への展望

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2025年は「AIエージェント元年」と呼ばれ、世界中でAIエージェント技術への関心が急速に高まっている。しかし、消費者向けのAIアシスタントと、Tricussが提供するようなエンタープライズグレードのAIエージェントには、大きな違いがある。

日本市場はTricussにとって魅力的な機会を提供している。少子高齢化による深刻な労働力不足に直面する日本は、スマートファクトリー、IoT、デジタルツインといった技術に積極的に投資している。しかし、これらの技術から得られる膨大なデータを実際の価値に変換することが課題となっている。

日本の半導体業界は復活の兆しを見せている。Rapidusの先端半導体製造プロジェクト、TSMCの熊本工場建設、各種政府支援策により、最初からデジタル化とAI活用を前提とした新しい工場の設計が可能となり、Tricussのようなソリューションを導入する絶好の機会となっている。

同社の将来的な展開としては、現在の半導体製造からスマートファクトリー全般への応用拡大も視野に入れている。

私たちは既に、鉄鋼、電子部品、化学など、他の製造業でも実績があります。コアとなる技術は同じです。センサーデータを分析し、最適なパラメータを見つけ、根本原因を特定し、実行可能な推奨事項を提供する。これはあらゆる製造業に適用できます。(Wang氏)

さらに、デジタルツイン技術やNvidiaのOmniverseとの連携など、仮想環境でのシミュレーションと最適化にも注力している。物理的な実験とシミュレーション、そしてAIによる最適化を組み合わせることで、研究開発のスピードとコスト効率を劇的に改善できる。

Tricussのようなスタートアップは、AI技術と製造業の融合を推進する台湾の国家戦略において重要な役割を果たしている。この戦略は、同国の産業競争力を今後数十年にわたって維持することを目指すものだ。

インタビューの最後、Wang氏は改めて同社のミッションを強調した。

私たちの願いは、世界で最も優秀な人々がAIを活用できるようにすることです。AIは単にタスクをこなすだけでなく、研究開発部門や製薬、その他の専門分野において、人間の専門家がより良い仕事をするのを支援すべきです。

エンジニアとして、職人として、私たちは文明の進歩を加速させるという最高のユースケースに取り組んでいると考えています。病気を治すことはできないかもしれませんが、最も優秀な医師や科学者がより良いシミュレーション、より良い未来を形作るのを支援できます。(Wang氏)

この思想は、単なる利益追求を超えた、より大きな社会的使命を示している。AI技術が人間の能力を置き換えるのではなく、拡張し、エンパワーする。専門家がより創造的で戦略的な仕事に集中できるよう、ルーチン的な分析作業をAIが支援する。これこそが、Tricussが目指す未来像だ。

半導体業界の変革を先導するスタートアップ

インテルのウエハ製造工場
Photo by Carol Highsmith, Library of Congress Collection via Picryl

Tricussの挑戦は、AIエージェント技術の最先端を行くものだ。半導体製造という極めて専門的で、データが膨大かつ複雑で、失敗のコストが極めて高い領域において、同社のソリューションは単なる効率化ツールではなく、業界全体の研究開発プロセスを根本的に変革する可能性を秘めている。

台湾の半導体産業は、過去数十年にわたって世界的な競争力を構築してきた。TSMCに代表されるファウンドリビジネス、聯発科技(MediaTek)や瑞昱半導体(Realtek)などのIC設計企業、そして数多くの装置・材料サプライヤー。これらの企業が形成するエコシステムは、世界の半導体サプライチェーンの中核を担っている。

Tricussは、このエコシステムの次の進化を担う存在だ。物理的な製造能力やハードウェア設計能力に加えて、AIによる知的生産性の向上が、台湾の半導体産業の競争優位性をさらに強化する。1,000万件のデータを12秒で分析し、根本原因を特定し、実行可能な推奨事項を提供する。これは、研究開発の速度を従来の100倍に加速させる可能性を持つ。

日本の半導体業界にとっても、Tricussのようなパートナーは大きな意味を持つだろう。装置や材料で世界をリードする日本企業が、最先端のAIエージェント技術を取り入れることで、グローバル競争力をさらに強化できる可能性がある。

2025年末の東京訪問を皮切りに、Tricussと日本企業の協業がどのように展開していくか、大いに注目される。半導体業界の次の10年は、物理的な製造能力だけでなく、知的生産性をいかに高めるかが競争の焦点となるだろう。その最前線で、Tricussは重要な役割を果たす可能性を秘めている。

Wang氏の言葉を借りれば、「これは終わりではなく始まり」だ。半導体製造での成功を足がかりに、スマートファクトリー全般、さらには製薬、金融、その他のデータ集約的な産業へと展開していく。AIエージェントが人間の専門家と協働し、文明の進歩を加速させる。これが、Tricussが描く未来像だ。

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