
台湾のハードウェアアクセラレータMighty Net(邁特新創基地)のCEO Ray Tai(戴憶帆)氏は、日本市場本格参入に向けた準備を着々と進めている。同社の母体は、1986年、台湾・新竹県に設立された中堅EMS(電子製造受託会社)のMight Electronic(邁特電子)だ。Mighty Netは、親会社が持つ38年の製造業経験を武器に、独自のポジションを築いている。
同社が2026年の日本進出を計画する背景には、Tai氏が描くアジア太平洋地域全体のディープテック・ハブ構築という壮大な構想がある。2019年の開始以来、アクセラレータプログラム「Mighty Net Innovation Express」は150社以上のスタートアップを支援し、台湾のハードウェアスタートアップエコシステムの中核を担ってきた。
製造業出身者が築く独自のアクセラレータモデル

Photo credit: Mighty Net
Ray Tai氏の経歴は、台湾の製造業の発展史そのものと言える。2004年にMight Electronicでエンジニアアシスタントとしてキャリアをスタートし、2005年からプロジェクトマネージャーとして新規顧客開拓や顧客関係管理を担当。その後、2008年から2011年まで光学機器メーカーAsia Optical(亜洲光学)でGEブランドデジタルカメラのODM事業を手がけ、北米・南米・日本市場を担当した。
IoT産業の黎明期である2005年頃、私たちのチームはIoTが何なのか、どのような影響を与えるのか全く理解していませんでした。IoT関連業界の潜在顧客から連絡を受けるようになり、彼らに追いつくために学習を重ね、その過程で共に成長していく必要に迫られました。(Tai氏)
転機となったのは2011年10月、Asia OpticalからMight Electronicにバイスプレジデントとして復帰した時期だった。当時、スタートアップはソフトウェア開発に長けていたが、ハードウェア開発プロセスの理解が浅く、不完全な製品仕様や設計データなど、生産停止や巨大な損失につながりかねない問題が頻発していた。
そこで「Joint Design」という協働プロセスを構築し、製造・生産プロセス全体をスムーズに進行させる仕組みを作りました。(Tai氏)
この経験が、2019年に正式始動したアクセラレータ「Mighty Net Innovation Express」の基盤となった。
Joint Design の主な構成要素・特徴
他のハードウェアアクセラレータがスタートアップにハードウェア製造リソースを見つけることしかできないのに対し、私たち自身がハードウェア製造業者なのです。台湾と中国に4つの製造拠点を持ち、30年のEMS経験を有しています。(Tai氏)
新竹県新豊郷の本社には「スマートファクトリーPoC(Proof of Concept)」検証環境を構築。AIoTアプリケーション、ネットワーク管理・アクセス制御システム、AI欠陥検出、生産エルゴノミクス分析、空気質監視などの実環境でのテストが可能となっている。
16年前のUbiquiti(優比快)との協業経験も、Tai氏の支援哲学の根幹を形成している。Ubiquitiは、Might Electronicが2005年から協業を開始した当時はアメリカの小さなスタートアップだったが、2011年にNASDAQ上場を果たし、現在では数十億ドル規模の企業に成長した。
私たちは、ハードウェアスタートアップとの協業により、相互利益を生み出す関係を構築できます。スタートアップは技術サポートと製品検証の機会を得て、私たちは新市場でのリーダーシップを拡大できるのです。(Tai氏)
日台の強みを掛け合わせる相乗効果

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2025年5月、Tai氏は東京のJETRO Innovation Gardenで「TAIWAN INNOVATION NIGHT 2025」を共催。「AI・デジタルトランスフォーメーション(DX)で未来を形作る」をテーマとしたこのイベントには、Salesforce、Fujitsu Ventures、JETRO(日本貿易振興機構)、AWS(Amazon Web Services)の代表者が参加し、約200名のイノベーションパートナーが集まった。
TAIWAN INNOVATION NIGHTでは、台湾のスタートアップと日本企業との協業に対する強い関心を実感できました。日本市場への参入は、単なる事業拡大ではありません。アジア太平洋地域のディープテック・エコシステム構築における重要な要素です。(Tai氏)
現在、Mighty Netは2026年の東京オフィス設立を検討している。既存パートナーシップの深化も重要な要素で、旭化成や京セラとの既存の協業関係を基盤として事業展開を図る計画だ。
日本企業は非常に高い品質基準と詳細な技術仕様を持っています。この品質へのこだわりは、台湾の精密製造能力と非常に良い相乗効果を生むと確信しています。(Tai氏)
AI・DX時代における日本と台湾の相互補完性について、Tai氏は明確なビジョンを持っている。
日本は深く、狭い専門化、つまり縦の強みに優れています。一方で、私たちMighty Netは幅広いサプライチェーン統合能力、つまり横の強みを持っています。この組み合わせによる相乗効果が期待されます。日本企業が持つ高い技術力と品質管理ノウハウは、アジア太平洋地域のスタートアップにとって非常に価値がある一方で、スタートアップの俊敏性と革新性は、日本企業の新市場開拓に大きく貢献できるでしょう。(Tai氏)
Tai氏は、日本市場で特に注力する技術領域として、AIoT(AI + IoT)、スマートセンシング・モニタリング、自動化・ロボティクス、MES(製造実行システム)、ESG(環境・社会・統治)関連技術を挙げた。
成功確率を高めるため、現地パートナーとの協業に重点を置いている。マーケティング戦略として、NEPCON Japanへの3年連続参加計画を通じてスマート製造分野での存在感を確立し、東京を本社とした現地法人設立後は大阪、熊本、福岡への地域展開も視野に入れている。

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長期投資哲学とグローバル展開
私たちの投資アプローチは、短期的利益よりも長期的関係構築を優先します。これは将来の潜在顧客への戦略的投資として位置づけており、Ubiquitiとの16年にわたる成功経験(2005年協業開始→2011年IPO→現在、数十億米ドル企業)に基づいています。(Tai氏)
技術学習モデルも重要な価値創出源となっている。具体例として、UbiquitiのWi-Fi技術との協業を通じて、従来の数メートル程度の通信範囲しか持たなかったIoTソリューションを、数キロメートル級の長距離通信が可能な独自システムへと発展させることができたという。
重要なのは量ではなく質です。最高の人材を選定し、最高の条件で選考するつもりです。(Tai氏)
Mighty Netのグローバル戦略は既に13カ国以上に及び、台湾、日本、オーストラリア、シンガポール、東南アジア、イスラエル、ヨーロッパ、北米をカバーしている。この中で、日本、シンガポール、北米を優先市場として集中的に取り組む戦略を採用している。
アジア太平洋地域でのハブとしての日本の可能性を高く評価しています。台湾市場だけでは限界があります。最初からアジア太平洋地域全体を視野に入れ、各国の強みを組み合わせたエコシステムを構築することが重要になってきます。(Tai氏)
シンガポールでは、IoTネットワーク「Sigfox」のアジア太平洋地域事業者のUnaBiz(優納比思)や、室内空気質モニタリングデバイスメーカーのuHooなどのスタートアップとの協業関係がある。
日本企業への期待
日本企業は世界クラスの技術力を特定分野で保有し、信頼性と精密性において世界クラスの製造プロセスを持っています。先端材料やディープテック分野では圧倒的な優位性があり、TSMC(台湾積体電路製造)やMediaTek(聯發科技)との協業を求める日本の半導体関連企業の存在も注目しています。(Tai氏)
しかし、日本市場固有の課題も認識している。優れた技術力を持ちながらも、事業化・ビジネス開発における課題が存在し、個別分野の最適化には長けているが、全体最適化やサプライチェーン連携が弱い傾向がある。
日本のハードウェアスタートアップの皆さんには、『最初から製造を意識した設計』の重要性を伝えたいと思います。アイデアが素晴らしくても、製造可能性を考慮しない設計では市場投入が困難になります。私たちの38年の製造経験を活用し、プロトタイプ段階から量産を見据えた開発を支援します。
私たちMighty Netは、台湾と日本の架け橋となり、両国の強みを組み合わせた新たな価値創造に貢献したいと考えています。現在の世界は確実に変わる節目にあります。これについてはまだ勝者が決まっていないわけですから、あきらめる必要はありません。むしろ、チャレンジする機会がみんなにあるんです。今までの延長線上ではなく、非連続のチャレンジを、みんなでやりませんか。(Tai氏)
台湾・新竹の工場で製造業とイノベーションの融合を体現してきたMighty Net。Ray Tai氏が描く日本進出戦略は、単なる事業拡大を超え、アジア太平洋地域全体のディープテック・エコシステム革新を目指すものだ。
2026年の東京オフィス設立を控え、日本の製造業とスタートアップエコシステムにとって、新たな可能性の扉が開かれようとしている。台湾の製造業経験と日本の技術革新力の融合——その化学反応が、次世代のイノベーション創出にどのようなインパクトをもたらすのか、注目が集まる。