代謝分析技術で健康の未来を拓くメタブル



2023年7月に創業したメタブルは、ヒトの代謝物を精密に分析するサービスを提供している。血液中の代謝物を分析することで、加齢や疾患によって起こる体内の変化を検出する技術が強みだ。同社は主に食品メーカーや製薬会社を顧客として、サプリメントの効果検証といった臨床研究で用いられる代謝データの取得を手がけている。

代謝とは、人がものを食べて消化し、必要なエネルギーや体の部品を取り出し、不要になったものを尿や便として排出するまでの一連の化学反応を指す。代謝は食事と密接に関わっており、糖尿病やメタボリックシンドロームなどは代謝異常症として知られる。メタブルはこの代謝分析技術を活かし、アンチエイジングや病気予防に取り組む食品メーカーとの取引が多い。

メタブルの最大の特徴は、ターゲット分析と呼ばれる精密な代謝物分析技術にある。これは特定のバイオマーカーに注目し、精度高く測定する方法だ。網羅的分析(ノンターゲット分析)と比べて、より高感度に正確な定量データが得られる点が特徴だ。ターゲット分析は測定前に最適な分析条件を決定する必要があり、分析前に多くのコストがかかるため豊富な経験が求められる。

メタブルのノンターゲットおよびターゲット分析技術は現在、大手サプリメントメーカーなどとの共同研究に採用され、サプリメント摂取者・非摂取者の代謝の違いなどを知るために活用されている。

研究者から起業家へ

メタブル 代表の照屋貴之氏
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メタブルの代表を務めるのは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)で11年間にわたり、柳田充弘教授のもとでヒトの代謝研究に従事した照屋貴之氏だ。照屋氏らは特に老化と老化に関連する疾患(認知症やフレイル)の研究を通じて、健康な老化と代謝の関係性や、病気の理解や老化のマーカーを探索する研究に長年取り組んできた。

2022年8月に恩師の柳田教授が退職することになり、照屋氏は進路の岐路に立った。OISTにはスタートアップを志す研究者をサポートする仕組みがあったため、これを利用して起業に挑戦してみることにした、と照屋氏は創業の経緯を振り返る。こうして、メタブルは、研究室時代から共同研究してきたメーカー向けに、代謝分析サービスを提供する会社として始まった。

会社を作るには出資してもらい、きちんとした事業計画で納得させる必要があるとわかっていました。しかし売上の見通しが立てにくい中で、大きな構想を掲げて出資を募る一般的なスタートアップの手法は、経営の経験がない私には向いていないと思いました。だったら自分のやれる範囲でやろうと思いました。背伸びしない姿勢が、結果的に私たちの経営理念を明確にしたと思います。(照屋氏)

この堅実なアプローチが、小規模ながらも着実な成長を実現した。大きな資金調達や急成長を狙うのではなく、自分の専門性を活かして顧客との信頼関係を一つ一つ築いていくことに集中したため、外部の投資家などからの介入もなく、経営者本意の事業展開が可能になった。

メタブルは研究室から生まれたスタートアップだけあって、高度な分析機器を起業以前から活用できる機会に恵まれた。最新機器は、その使い方についてもユーザが自ら試行錯誤する必要があるため、蓄積されたノウハウは何よりの強みだ。また、長年の研究で培われた「どんな代謝物が健康や疾患に関わっているのか」という知見も競合優位性の一つになっている。

国内の受託分析市場では、ノンターゲット分析が主流であり、ターゲット分析はあまり競合がいません。一般的な血液検査で測れる項目以外にも、研究者が見たい代謝物はたくさんあります。どこもやっていないような代謝物分析を行うことを強みにしています。(照屋氏)

確かに世界的に見ても、ターゲット分析に従事するスタートアップは10社に満たない。照屋氏は国内最大手のノンターゲット分析受託会社と事業提携することで、提携先のもつ営業・販売ネットワークを享受しつつ、提供するサービスを棲み分け、自社は分析業務に特化するビジネスモデルを選択した。

幸運にも創業当初に強力なパートナーに恵まれたことで、サービスの開発に集中することができました。(照屋氏)

民族による代謝差異と老化研究の進展

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代謝の特性は人種や民族によって異なる点も興味深い。欧米型(白人)の糖尿病は、脂肪組織の蓄積によるインスリン作用の低下、いわゆる「インスリン抵抗性」が特徴的だが、日本や東アジア型では加齢によって、膵臓のインスリンを作る能力自体が弱くなることが原因の場合が多い。これは民族の歴史的背景も関係している。

かつて農耕を中心とする生活を送っていた日本人は少ないインスリンで血糖値を調節する体質を持っており、このことは飢餓や粗食の環境下では有利に働いたと考えられています。一方、狩猟採集が中心だった欧米人は皮下に脂肪を蓄えることがエネルギーの貯蔵や体温の維持に有利だったと考えられています。日本人はインスリン分泌能が低い上に内臓周辺に脂肪が蓄積しやすいため、飽食の現代では欧米人よりも糖尿病リスクが高いと言われています。また、食習慣や生活習慣の多様化により、糖尿病の発症メカニズムは複雑化しています。このような背景から、代謝特性に基づいた個別の予防・治療のアプローチが必要とされています。(照屋氏)

サプリメントメーカーなどにとっては、商品を投入する市場に合わせて、民族構成や生活習慣なども考慮した最適な製品を導き出すことが求められることにもなる。例えば、サプリメントは先進国市場で需要が大きいものの、世界的な健康志向の高まりとともに、今後は新興国市場にも大きな成長の可能性が広がっていくだろう。

照屋氏が研究者時代から取り組んできたテーマは、健康な人の老化に関連する代謝変化だ。照屋氏らのチームは長年の研究から、筋肉系や抗酸化系、糖代謝など、加齢によって徐々に変化する複数のバイオマーカーを組み合わせることで、生物学的な老化度を評価できるという知見を得た。

病気の場合は、健康な人と比べて明らかに違った数値を示すので分かりやすいのですが、健康な人の老化は意外なほど変化が少なく、個人差もあります。暦年齢とは違う、代謝情報をもとにした老化度を計算することで、老化の個人差や、その人に合ったアンチエイジング対策を提案するのに役立つ情報を提供することを目指しています。(照屋氏)

こうした老化マーカーや疾患マーカーについては、OISTでいくつかの特許を取得しており、それをライセンスしている会社も存在するという。OISTで培われた基礎技術を活かした社会実装は、他社との協業などを通じて徐々に広がりつつある。

身の丈経営、そして、データ活用が生み出す未来

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メタブルは現在、照屋氏を含めわずか2名で運営されている。ホッケースティック型の成長を目指すような、従来型スタートアップのように投資家から多額の資金を集めて大きなビジネスを展開することに興味はない。事実、創業資金についても積み立てた個人資金を元手に、足りない分は借り入れで補うという、堅実な方法を取った。

照屋氏がメタブルの事業を一歩一歩、自らのペースで進めていこうとする姿勢の背景には、以前、創薬ベンチャーで働いた頃の苦い経験がある。そのベンチャーでは投資家から資金を募り、開発化合物を大手製薬会社にライセンスすることを目指していたが、投資家の意向で事業方針が大きく変わる場面を目の当たりにした。当時、照屋氏は沖縄の天然資源から次の創薬シーズを探す研究に従事していたが、増資に伴い「経営資源を集中させる」という投資家の意向でそれも中止されることになった。

この経験から、照屋氏は「ベンチャーを立ち上げるには、最初から売るものがないとすぐに経営が回らなくなる」という教訓を得た。株主の意向が大きく影響し、経営者は彼らを説得して交渉する必要があり、「経営者が自分たちの強みも弱みも技術的な部分もちゃんと分かっていないと、変な方向に会社が行ってしまう」との認識から、少なくとも最初は自分で経営をやりたいという強い思いを持つようになった。

メタブルのビジネスの中核は代謝物の分析だが、今後の課題はそこから得られるデータの活用だ。「ウェットな情報(実験から得られる一次情報)を出せるのが私たちの強みなので、それを消費者が利用可能な形に加工する技術が加われば、新しいことができる」と照屋氏は期待を寄せる。

AIの発達により可能性は広がるが、それを活かすにはデータサイエンス人材が必要だ。今後は全く異なる業界からの参入も歓迎し、データから新ビジネスを生み出すことにやりがいを感じる人材を求めていきたいという。

今後の展望としては、分析対象をより広げるB2B向けの研究開発と、一般消費者から直接血液を採取し老化や疾患リスクを評価するB2Cサービスの開発という2つの方向性がある。後者については長期的な視点で5~10年かけてでも展開したいと照屋氏は考えている。

日本の高齢化社会において、代謝分析技術を活用したアンチエイジングや健康維持サービスの需要は今後ますます高まると予想される。かつて「(疾患でもない)老化の研究はお金にならない」と思われていたが、老化が疾患リスクの一つとして捉えられるようになったことで脚光を浴びるようになった。健康長寿は国の医療費抑制にもつながるため政府も推進しており、こうした社会的背景がメタブルの事業成長を後押ししている。

私たちの事業は、すごく時代に合っている分野だと思います。ウェアラブル機器の発達もあり、病気や不調の兆候に気付きやすくなったことで、人々の健康意識が高まっています。健康寿命の延伸という社会課題がある中でサプリメントによるセルフケアを推奨する流れがあり、市場の追い風を感じています。代謝には人種差や地域差がありますが、一つのモデルが沖縄でできれば全国や海外展開にもできる可能性があります。(照屋氏)

健康や長寿に関連する知識と分析技術を併せ持つメタブルの今後の展開に注目したい。

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