2019年にプロジェクトをスタートさせたekei labsは、当初NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)サプリメントの販売を目指していた。しかし創業者のBilal Kharouni氏は(上の写真)、より大きな社会的インパクトを生み出せる可能性を見出していた。それは、長寿研究における根本的な課題——「治療や実験などの介入から結果が出るまでの時間が極めて長い」という問題——の解決だった。
同社は2022年に正式に法人化し、約2年間の研究開発期間を経て、2025年に本格始動すると、製薬・バイオテック企業向けのカスタムAIモデル開発サービスに即座に強い市場需要が生まれ、数億円規模のセールスパイプラインを構築している。
ekei labsの強みは、DNAメチル化解析という独自の技術プラットフォームにある。DNAメチル化とは、遺伝子の働きを調節するエピジェネティック(遺伝子の目印)な修飾の一種で、その変化パターンから生物学的な年齢を推定できる。同社は高解像度かつ高スループットなデータ生成能力を持ち、それを基に顧客企業のニーズに合わせた専用のAIモデルを構築する。現在、事業の90%はB2B向けで、食品、バイオテック、製薬業界の大手企業が顧客だ。
東京に本社と営業拠点を構える一方で、研究開発の中心は沖縄科学技術大学院大学(OIST)にある。世界有数の長寿地域である沖縄の「ブルーゾーン」という地理的優位性、OISTの世界トップレベルの研究環境、そして国際的な人材プールを活かし、日本から世界の長寿研究をリードする存在を目指している。
「10年待つ研究」を「3ヶ月で評価」に変える技術革命

Image credit: ekei labs
ekei labsの原点は、2016年頃に注目を集めたNMN研究にまで遡る。当時、NMNに関する人体での有望な研究が発表され、Kharouni氏たちはこれを商業化する可能性を探っていた。NMNはNAD+という細胞内の重要な補酵素の前駆体で、加齢とともに減少するNAD+レベルを回復させることで抗老化効果が期待されていた。市場では急速に成長しており、NMNやNRといったNAD+ブースターを販売する企業が相次いで登場していた。
しかし、2018年から2019年にかけて、Kharouni氏たちはサプリメント販売というビジネスモデルに疑問を感じ始めた。長寿研究全体に真のインパクトを与えられるのか、という根本的な問いに直面したのだ。長寿研究には、他の医学研究分野にはない特有の困難が存在する。
がん研究であれば、介入から結果までの時間ははるかに短く、より高い確率で成果を得られます。しかし、長寿研究では、介入から結果が出るまで文字通り数十年かかります。なぜなら、誰かがより長く生きるかどうかを知るには、非常に長い時間が必要だからです。私たちは老化をモデル化し、生物学的な応答時間を短縮する方法を見つけたいと考えました。これにより、実際に長寿研究開発を推進できるのです。(Kharouni氏)
例えば、ある化合物が健康寿命を5年延ばすかどうかを確認するには、実際に5年以上の追跡調査が必要になる。この間、研究チームは不確実性の中で待ち続け、莫大な研究費用が消費される。もし5年後に効果がないと判明すれば、その時間と投資はすべて無駄になる。この構造的な問題が、長寿研究の発展を阻む最大のボトルネックだった。
ekei labsが見出した解決策は、老化の進行度を測定するバイオマーカーを用いることで、介入の効果を短期間で評価できるようにすることだった。具体的には、DNAメチル化という遺伝子の化学的修飾パターンを解析することで、生物学的な年齢を推定する技術だ。この技術により、数ヶ月単位で介入の効果を評価できるようになり、研究開発のサイクルが劇的に短縮される。
私たちが本当にターゲットにしたかった課題は、長寿研究開発にどう影響を与えられるかでした。そこで、AIモデルを作成するためのデータを生成できる、高解像度・高スループットのDNAメチル化解析プラットフォームを構築することにしたのです。このプラットフォームにより、顧客企業が関心を持つ表現型や介入に非常に特化したAIモデルを作成できます。(Kharouni氏)
この技術があれば、ある食品成分や化合物が本当に老化を遅らせるかどうかを、数ヶ月で評価できる。従来は数年から数十年かかっていた研究プロセスが、10分の1以下の時間に短縮されるのだ。これは、長寿研究のゲームチェンジャーとなり得る技術だった。
この戦略転換の背景には、長寿研究市場の急速な拡大という追い風もあった。デロイトは、2023年の長寿市場全体の規模は約650億米ドルで、2030年までに3,140億米ドルに達すると報告している。年平均成長率は25.2%という驚異的な水準だ。ベンチャーキャピタルからの投資も急増しており、2021年には76.5億米ドル、2022年にも69.4億米ドルという記録的な投資額を記録した。
Googleが支援するCalico LabsやJeff Bezos氏が支援するAltos Labsなど、テックジャイアントや億万長者たちも長寿研究に巨額の資金を投じている。しかし同時に、この成長市場には信頼性の高い測定手段の不足という大きな課題が存在していた。多くの研究プロジェクトが、効果を評価する適切な方法がないために遅延し、投資家たちも確信を持てないままだった。ekei labsのプラットフォームは、まさにこのギャップを埋めるものとして登場した。
この戦略転換は、2022年の法人設立後、約2年間の研究開発期間を経て実を結んだ。2025年度にB2B向けプラットフォームとして本格始動すると、即座に強い市場の引き合いを経験し、当初の予測を上回るペースでプロジェクトパイプラインを構築している。
遺伝子の「目印」から読み解く本当の年齢——カスタムAIモデルの競争力

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ekei labsの核心技術は、DNAメチル化解析にある。DNAメチル化を理解するには、まず遺伝子の働き方の仕組みを知る必要がある。私たちの体は、同じDNAを持つ細胞から、心臓、肝臓、脳といった全く異なる組織を作り出す。これは、それぞれの細胞で異なる遺伝子がオン・オフに切り替えられているためだ。その切り替えを制御する仕組みの一つが、エピジェネティック(遺伝子の目印)な修飾であるDNAメチル化だ。
DNAメチル化は、DNAの特定の部位にメチル基(-CH3)という化学的な目印が付加される現象だ。メチル基が付加されると、その部分の遺伝子の働きが抑制される傾向がある。重要なのは、加齢に伴い、このメチル化パターンが系統的に変化することだ。ある部位ではメチル化が進み、別の部位ではメチル化が減少する。この変化パターンは非常に規則的で、個人差を超えて共通している。
この発見を応用して生まれたのが「エピジェネティック生体時計(遺伝子年齢時計)」だ。最も有名なのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のSteve Horvath氏が2013年に開発したものだ。Horvath氏の生体時計は、約350個のDNAメチル化部位を分析することで、ほぼすべての組織や細胞で年齢を推定できる。その精度は驚異的で、誤差はわずか3.6年程度だ。
その後、血液専用のHannum氏の生体時計、健康寿命に特化したPhenoAge、死亡リスクを予測するGrimAgeなど、様々な種類のエピジェネティック生体時計が開発されてきた。研究によれば、エピジェネティックな年齢が実年齢よりも5歳高い人は、実年齢と一致する人と比べて死亡リスクが16%高いことが示されている。また、エピジェネティック年齢の加速は、がん、心血管疾患、アルツハイマー病などの年齢関連疾患のリスク上昇とも相関している。
ekei labsの強みは、この解析を「高解像度・高スループット」で実行できる点にある。「高解像度」はDNAメチル化のパターンを非常に詳細に読み取れること、「高スループット」は大量のサンプルを迅速に処理できることを意味する。一度に数十から数百のサンプルを分析できるため、統計的に信頼性の高い結果を短期間で得られる。
多くの研究機関や企業が直面しているのは、サンプル処理能力の限界だ。少数のサンプルでは統計的な確実性が得られず、かといって大量のサンプルを処理するには時間とコストがかかりすぎる。ekei labsのプラットフォームは、このジレンマを解消する。
しかし、データ生成能力だけでは、ekei labsの価値の半分に過ぎない。もう半分は、そのデータから顧客企業の研究開発課題に最適化されたAIモデルを構築する能力だ。
私たちのユニークな点は、データを生成するための独自の方法とプラットフォームを持っていることに加えて、顧客の質問に答えるための真にカスタマイズされた専用のAIモデルを作成できる、非常に優秀な人材を擁していることです。現在、私たちの事業の90%は、研究開発部門向けのカスタムAIモデル作成です。(Kharouni氏)
例えば、ある製薬会社が特定の化合物の抗老化効果を評価したい場合、ekei labsはその化合物の作用機序や対象とする生物学的経路に特化したAIモデルを開発する。汎用的なエピジェネティック生体時計では、全体的な老化度は測定できても、特定の介入がどの生物学的プロセスに影響を与えているかを精密に捉えることは難しい。
ある化合物が主に炎症経路に作用するのか、細胞老化を抑制するのか、ミトコンドリア機能を改善するのか。こうした詳細な情報は、創薬において極めて重要だ。カスタムAIモデルは、この精度を飛躍的に高める。ある食品企業が新しい機能性成分の抗老化効果を検証したい場合、従来なら数年かけて臨床試験を実施する必要があった。しかし、ekei labsの技術を使えば、数ヶ月で数百人のサンプルを分析し、その成分がエピジェネティック年齢にどう影響するかを評価できる。
機械学習とAI技術の進化も、ekei labsのビジネスモデルを支えている。従来のエピジェネティック生体時計は、主に線形回帰などの比較的シンプルな統計手法を使っていた。しかし近年、ディープラーニングやランダムフォレストといったより高度な機械学習手法が導入され、予測精度が大幅に向上している。
当初、ekei labsは血液検査キットを一般消費者に販売するB2Cモデルを採用していた。しかし、Kharouni氏は、より大きなインパクトを求めてB2Bへの転換を決断した。個人向けの生物学的年齢測定サービスは確かに市場性があるが、製薬企業やバイオテック企業の研究開発を加速させることで、より多くの抗老化治療法が市場に登場する。それが、最終的には何億人もの人々の健康寿命を延ばすことにつながる。限られたリソースを最も高いインパクトを生み出せる領域に集中させる。この意思決定が、ekei labsの急成長を支えている。
初年度の快進撃——製薬業界が求めた技術

(Fuhuii Xiao氏、Hao-Tian Wang氏、Qing-Peng Kong氏による論文から)
2025年度、事業化初年度でKharouni氏は、複数のティア1企業との契約を確保していると自信を持って語る。日本のバイオテックスタートアップとして、これは驚異的な達成だ。多くのバイオベンチャーが初年度に大手顧客を1社獲得することに苦労する中、ekei labsはすでに業界リーダーとのパートナーシップを築いている。
私たちは今年プラットフォームをローンチしましたが、今後6ヶ月分のプロジェクトパイプラインがほぼ即座に埋まりました。市場がこれほど強く私たちのソリューションを求めているということは、私たちが正しい問題を解決しているという証拠です。(Kharouni氏)
この成功は、単なる技術の優秀さだけでなく、タイミングと市場との適合性によるものだ。長寿研究は近年、投資家や企業の注目を集めている成長分野だ。世界的な高齢化の進展により、年齢関連疾患の治療や予防に対する需要が爆発的に増加している。Allied Market Researchによれば、抗老化・抗老化療法市場は、2020年の251億米ドルから2030年には442億米ドルに達すると予測されている。
現在、ekei labsの主要顧客は食品、バイオテック、製薬業界の企業だ。当初は保険業界への展開も視野に入れていたが、現在は研究開発色の強い業界にフォーカスしている。食品業界では、機能性食品や抗老化成分の効果検証にekei labsの技術が活用されている。バイオテック・製薬業界では、より直接的に、新規化合物や治療法の開発支援に使われている。
創薬プロセスにおいて、候補化合物が実際に老化関連の生物学的経路に作用しているかどうかを確認することは極めて重要だ。従来は動物実験や長期臨床試験に頼っていたが、ekei labsの技術を使えば、初期段階で迅速にスクリーニングできる。これにより、有望な候補化合物を早期に特定し、開発リソースを効率的に配分できる。
こうした高解像度の測定ツールへのニーズは業界全体に広がっている。例えば、最近Eli Lillyから6,500万米ドルを調達したエピジェネティック・リプログラミング企業NewLimitは、分子レベルで細胞が実際に若返っているかを判定できるツールを必要としている。こうした需要が、ekei labsのようなプラットフォームへの引き合いを生んでいる。
Kharouni氏は、イギリスのケンブリッジに拠点を置くShift Bioscienceを、エピジェネティック生体時計を活用した成功事例として挙げた。同社はekei labsのクライアントではないが、業界全体の可能性を示す好例だという。
Shift Bioscienceは、既存のエピジェネティック生体時計を使って研究開発を推進し、安全な用量で大きな効果を持つ可能性のある単一遺伝子治療法を見つけました。これは、これらの測定手段を使って研究開発を成功させている企業の素晴らしい例です。
ekei labsで私たちがやりたいことは、次世代の時計を本当に作り出すことです。それは、はるかに高解像度で、クライアントの治療法により特化したものになります。そして、この業界でさらなるブレークスルーをサポートできることを願っています。(Kharouni氏)
次世代のエピジェネティック生体時計は、単に老化度を測定するだけでなく、特定の介入や治療法に対する反応を予測する能力を持つ。例えば、ある化合物が特定の組織や臓器の老化にどう影響するかを、高精度で予測できるようになる。これは、創薬プロセスのゲームチェンジャーとなり得る技術だ。
現在、同社は複数の大手企業とパートナーシップ協議を進めており、契約は当初の事業目標を上回るペースで進んでいる。
私たちは多くのティア1企業とパートナーシップについてコミュニケーションを取っており、本当に物事を加速させたいと考えています。すでに当初の事業目標を上回っています。ですから、問題は本当に売れるかどうかではなく、どれだけ速くスケールできるかです。(Kharouni氏)
この発言からは、PMF(プロダクト・マーケット・フィット)が確立し、次の課題が市場開拓のスピードになっていることが分かる。技術的な課題は概ね解決され、顧客からの引き合いも十分にある。あとは、どれだけ速く組織を拡大し、需要に応えられるかが勝負となる。
この急成長を支えるため、同社は現在シードラウンドの資金調達を進めている。調達した資金は、主に営業チームの拡充に充てられる予定だ。特に、製薬・バイオテック業界に精通し、技術的な内容を理解できる営業人材の確保が重要となる。
長寿の島・沖縄とOISTが生む研究開発力

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ekei labsは、東京に本社と営業機能を置く一方で、研究開発の中心は沖縄科学技術大学院大学(OIST)のイノベーション施設にある。同社はOISTに専用のラボを持ち、複数の研究室との共同研究も進めている。この二拠点戦略は、ekei labsの競争力の源泉の一つとなっている。
実際、私たちは非常にユニークな立場にあります。東京に本社と営業拠点がありますが、研究開発はすべてOISTイノベーションで行っています。OISTイノベーションに研究室を持ち、OISTの一部の研究室や教授陣と共同研究を行っています。この協力関係に大変満足しており、OISTエコシステムの一員であることを誇りに思っています。私たちは、OISTがライフサイエンスのハブになり得ると本当に信じています。(Kharouni氏)
OISTは、世界トップレベルの研究大学として知られている。2011年に設立されたこの大学院大学は、従来の日本の大学とは大きく異なる特徴を持つ。最も特徴的なのは、学部を持たず、学際的な研究を推進する組織構造だ。物理学、化学、神経科学、海洋科学、数学など、様々な分野の研究者が「ユニット」という組織に分かれて研究を行うが、部門間の壁は低く、異分野間の協力が奨励されている。
教員と学生の半数以上が外国人で、すべての教育と研究が英語で行われる。このグローバルな環境は、優秀な国際的人材を惹きつける。2019年には、Nature Indexで日本1位、世界9位にランクされた。これは、高品質な科学論文を発表する研究機関として、OISTが世界トップクラスの評価を受けていることを意味する。50カ国以上から研究者が集まり、最先端の研究設備と豊富な研究資金を背景に、世界レベルの研究が行われている。
ekei labsにとって、OISTとの連携は技術開発とネットワーク構築の両面で大きなメリットをもたらしている。DNAメチル化解析には、高額なシーケンサーや分析装置が必要となる。これらをすべて自社で購入・維持するには莫大なコストがかかるが、OISTの施設を利用することで、この問題を解決できる。
さらに重要なのは、世界レベルの研究者との協働だ。OISTの教授陣や研究者たちは、それぞれの分野の第一人者だ。ekei labsは、彼らと共同研究を進めることで、最新の科学的知見を事業に取り入れられる。こうした知的ネットワークは、スタートアップの技術開発を大きく加速させる。
沖縄は、世界で最も平均寿命が長い地域の一つ「ブルーゾーン」として知られている。ブルーゾーンとは、100歳以上の長寿者が人口比で際立って多い地域を指す。世界には、イタリアのサルデーニャ島、ギリシャのイカリア島、コスタリカのニコヤ半島、カリフォルニアのロマリンダ、そして沖縄の5つのブルーゾーンがある。沖縄の人々は、伝統的な食事、適度な運動、強いコミュニティのつながりなどにより、高い健康寿命を誇ってきた。
この地理的・文化的特性が、長寿研究に取り組むekei labsにとって、単なる偶然以上の価値を持つ。Kharouni氏は次のように語る。
OISTの学生は非常に優秀で、その一部は非営利セクター以外でも働きたいと考え、沖縄に留まって働くことを希望します。そこに自然な人材の橋渡しがあります。しかし、OISTが沖縄にあることは、別の意味でも大きな利点です。沖縄は世界で最も長寿な人々が住むブルーゾーンの一つです。世界中の多くの研究者が、私たちと一緒に沖縄で老化研究に取り組みたいと考えています。これは間違いなく強力なアピールポイントです。(Kharouni氏)
実際、同社のチーフサイエンスオフィサーLalhaba Oinam氏は、家族とともに東京から沖縄に移住し、OISTで働くことを選んだ。長寿研究というテーマと沖縄という土地の親和性は、優秀な研究者を獲得する上で競争優位性となっている。長寿の秘密を解き明かすという研究テーマが、実際に長寿者が多く住む地域で行われるという象徴性は、研究者たちにとって魅力的だ。
OISTは年間1,000人以上の研究者を世界中から招聘し、ワークショップや会議を開催している。ekei labsは、こうしたイベントを通じて、世界中の長寿研究コミュニティとネットワークを構築できる。顧客企業の紹介を受けたり、共同研究の機会を見つけたり、最新の研究動向を把握したりできる。
OISTとの連携は、ekei labsのブランド価値向上にも寄与している。OISTは世界的に評価の高い研究機関であり、その名前はグローバルな科学コミュニティで認知されている。「OISTと共同研究している」という事実は、ekei labsの技術的信頼性を高め、潜在的な顧客企業や投資家に対する説得力を増す。
渋谷スタートアップ支援「第1号」が語る地方自治体の役割

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Kharouni氏と渋谷区との縁は深い。彼が2013年に初めて日本に住み始めたとき以来、常に渋谷近郊に居を構えてきた。当時から渋谷の街の活気とクリエイティブなエネルギーに魅了され、この地を拠点とすることが自然な選択だった。2022年にekei labsを設立した際、Kharouni氏は渋谷区のスタートアップ支援施策「Shibuya Startup Support(SSS)」の第1号企業として支援を受けた。
私は実際に、渋谷区のスタートアップ支援プログラムの誕生を見ることができました。私は実際に、渋谷区にスポンサーされた最初の創業者でした。ですから、私はこのプログラムの先駆者のような存在です。私の友人もすべて、私の生活もすべて、渋谷から自転車で10分圏内にありました。だから私にとって、そこに住み、働くことは常に自然なことでした。(Kharouni氏)
渋谷区のShibuya Startup Supportは、2020年に始まった包括的なスタートアップ支援施策だ。これは単一のプログラムではなく、起業家支援、国際化推進、実証実験支援など、複数の取り組みを統合したブランドネームとして機能している。また、民間企業との産官連携コンソーシアム「Shibuya Startup Deck」も2020年11月に設立され(現在は、渋谷国際都市共創機構に統合)、不動産、金融、グローバル展開など、多面的な支援を提供している。
彼らは素晴らしいチーム、素晴らしいプロジェクトを持っており、彼らのサポートは私たちの成功に本当に不可欠でした。ですから、どんな起業家にも、彼らに連絡を取り、協力することを間違いなくお勧めします。(Kharouni氏)
この発言からは、地方自治体の支援が、スタートアップにとって単なる資金提供以上の価値を持つことが分かる。渋谷区の支援は、ビジネスマッチングイベントでの潜在顧客との出会い、メンターシップ、オフィススペースへのアクセス、行政手続きのサポートなど、多面的だ。
特に重要なのは、ネットワーキングの機会だ。渋谷区の施策に参加することで、ekei labsは他のスタートアップ、投資家、大企業の新規事業担当者など、様々なステークホルダーとつながることができた。こうした人脈は、ビジネスを成長させる上で極めて重要だ。顧客紹介、協業パートナーの発見、資金調達の機会など、多くのチャンスがネットワークから生まれている。
AIと遺伝子技術が拓く健康長寿の未来

人工知能と機械学習技術の進化は、長寿ビジネスの発展に大きく貢献している。特に、エピジェネティック生体時計(遺伝子年齢時計)と呼ばれる技術は、すでに実用段階に入りつつある。Kharouni氏は、この技術の重要性と今後の発展について次のように説明する。
長寿研究開発を導くためには、信頼できる測定方法が必要です。(Kharouni氏)
現在のエピジェネティック生体時計には、まだ改善の余地がある。第一世代のクロックは、主に暦年齢を推定することに焦点を当てていた。第二世代のクロックは、死亡リスクや健康寿命を予測することに重点を置いている。そして今、第三世代のクロックが開発されつつある。これらは、より高解像度で、特定の介入や治療法に特化したものだ。
ekei labsが目指しているのは、この「次世代」のエピジェネティック生体時計だ。次世代の生体時計は、単に老化度を測定するだけでなく、特定の介入や治療法に対する反応を予測する能力を持つ。また、個人差を考慮し、パーソナライズされた予測も可能になる。これにより、創薬プロセスがさらに効率化され、より多くの抗老化治療法が市場に登場する可能性がある。
AI技術の活用は、長寿研究の複数の段階で威力を発揮する。まず、創薬の初期段階では、AIが膨大な化合物ライブラリーから有望な候補を特定する。従来は、研究者が経験と直感に基づいて候補化合物を選んでいたが、AIを使えば、数百万の化合物を迅速にスクリーニングできる。
次に、前臨床試験の段階では、エピジェネティック生体時計を用いて化合物の効果を評価する。そして、臨床試験の段階では、AIが患者のサブグループを特定し、どの患者が治療に最も良く反応するかを予測する。
将来のイグジット戦略について尋ねると、Kharouni氏は複数の選択肢を視野に入れていると答えた。一つは、秘密裏に進めている研究開発が成功し、特許を取得した後、遺伝子解析企業に買収されるというシナリオだ。
私たちは今、秘密にしている非常にエキサイティングな研究開発を行っています。それが達成され、特許を取得したら、それは間違いなく、遺伝子解析企業による買収にとって非常に魅力的なものになるでしょう。(Kharouni氏)
DNAメチル化解析技術は、長寿研究だけでなく、様々な分野で応用可能だ。例えば、がんの早期発見、遺伝子変異の検出、法医学的な年齢推定など、幅広い用途がある。遺伝子解析企業にとって、ekei labsの技術とデータは、自社のサービスポートフォリオを拡充する魅力的な資産となる。
もう一つの選択肢は、治療法の開発に進出することだ。治療薬を調査し、その治療薬を開発するために上場するという道もある。現在、ekei labsは測定・評価プラットフォームという立ち位置にあるが、その技術を応用して、実際に老化を遅らせる治療法を開発することも可能だ。
すべての起業家と同じように、私にも多くの夢があり、会社がどう進んでいくか、多くの見通しを持っています。しかし、今は本当に次の12ヶ月間に集中しています。会社を固め、より多くのクライアントを獲得し、研究開発パイプラインを完成させることです。(Kharouni氏)
Kharouni氏のこの発言は、起業家としての堅実な姿勢を示している。長期的なビジョンを持ちながらも、足元の事業執行を優先する。まずは、B2Bプラットフォームとしての地位を確立し、顧客基盤を拡大する。そして、技術的な優位性を維持するため、研究開発パイプラインを継続的に充実させる。
長寿ビジネスのエコシステムは、AIとエピジェネティック技術の融合により、大きく拡大している。製薬企業だけでなく、食品、化粧品、ウェルネス、さらには保険業界まで、老化をコントロールしたり測定したりする技術への関心が高まっている。市場規模の予測は様々だが、2030年までに数千億米ドル規模になると見込まれている。
ekei labsは、日本に拠点を置きながらも、明確にグローバル市場を見据えている。高齢化は先進国だけでなく、中国、インド、東南アジアなど、新興国でも急速に進行している。これらの国々でも、健康寿命を延ばす技術への需要は高まっている。ekei labsは、日本の技術力とグローバルな視点を組み合わせることで、この市場で独自のポジションを確立しようとしている。
本格始動初年度で向こう半年のプロジェクトが埋まり、数億円規模のセールスパイプラインを構築したことは、日本のバイオテックスタートアップとしては印象的なスタートだ。しかし、Kharouni氏の視線は、すでにその先を見据えている。次の1年で事業基盤を固め、さらなる成長を加速させる。遺伝子の老化度を可視化する革新的な技術を武器に、ekei labsは人類の健康寿命延伸という壮大なミッションに挑んでいる。
