インドの乾燥地域から世界のアグリテック市場へ——EF Polymerの挑戦


温暖化による極端気象の増加と世界的な肥料価格の高騰—この二つの問題が世界の農業に大きな打撃を与えている。欧州では干ばつによる非常事態宣言が発令され、ベネチアの水路が干上がるという異常事態も起きた。一方、肥料価格は供給ショックにより過去最高水準に達している。

こうした状況下で、農業の根本的課題である「水」と「栄養」の問題を同時に解決する技術が、日本とインドを拠点とするスタートアップから生まれた。オレンジやバナナの皮から作られる100%オーガニックの超吸水性ポリマーを開発するEF Polymerだ。

この技術は農業における水使用量を40%削減し、肥料使用量を20%削減しながら、収穫量を10〜15%増加させると実証されている。それだけでなく、完全生分解性という特性から、環境負荷を最小化する次世代の資材として注目を集めている。

インドの砂漠の村から生まれたビッグビジネス

ナラヤン・ガルジャール氏
Photo Credit: EF Polymer

EF Polymerの創業者ナラヤン・ガルジャール氏は、インド北西部ラジャスタン州の砂漠地帯に位置する人口わずか300人の小さな村の出身だ。この地域は年間を通じて乾燥が厳しく、干ばつによる水不足が日常的な問題となっている。

ガルジャール氏は元々サイエンスが好きな子供だった。それをガルジャール氏の父親が「サイエンスが好きなら、地元の問題を解決するような研究をしてみたら」と勧めたことが研究のきっかけとなった。

高校生の時に始まったこの研究は、大学1年生の時に技術のプロトタイプとして結実した。当初は完全オーガニックではなかったが、その後、日本のOIST(沖縄科学技術大学院大学)で改良を重ね、完全オーガニックのポリマーへと進化させた。

ガルジャール氏の挑戦は決して平坦な道のりではなかった。元々地元ではインド工科大学(IIT)に受かると言われるほどの神童だったが、実際にはIITに落ちてしまい、その悔しさをバネに研究に打ち込んだそうだ。進学した農業大学では、教授からの協力を得るのにも苦労したが、諦めずに通い詰めた結果、ついに支援を受けることができ、プロトタイプの開発に成功した。

自分の村の問題を解決したいという思いから始めた研究が、いまや世界市場を視野に入れた事業へと成長している。ここには、地域課題に根ざしたイノベーションが国境を越えて普及する可能性を示す物語がある。

Report Oceanのレポートによると、世界の生分解性ポリマー市場は、2022年の約40億米ドルから2030年には約130億米ドル規模に成長すると予測されている。特に農業分野での需要増加と各国の環境規制強化を背景に、EF Polymerの技術が対象とする市場は急速に拡大しつつある。

例えば、ヨーロッパの環境規制では既に化学系ポリマーの土壌使用が禁止されており、EF Polymerのような完全オーガニック素材のみが参入できる状況だ。こうした規制強化の流れは今後さらに加速する見込みで、この巨大市場において、EF Polymerは先行者利益を享受できる可能性を秘めている。

なぜ大手化学メーカーではなくEF Polymerが実現できたのか

Photo Credit: EF Polymer

EF Polymerの技術的ブレークスルーは、食品廃棄物由来のペクチンから完全生分解性の超吸水性ポリマーを製造する点にある。従来の超吸水性ポリマーは石油由来の化学物質から作られており、環境中で分解されず、マイクロプラスチック問題の一因となっていた。

EF Polymerの技術の特徴は、水だけでなく肥料も保持できることだ。水溶性の肥料が水と一緒にポリマーに吸収され、徐々に放出されることで、肥料の使用効率が高まり、流出による地下水汚染も防止できる。

大手化学メーカーも環境省の補助金などを受けながら生分解性ポリマーの研究に取り組んでいるが、実用化に至っていない。また、EF Polymerの競争優位性は技術だけでなく、独自のサプライチェーンにもある。

大手化学メーカーが本腰を入れれば、技術的にはEF Polymerと同じような製品を再現できるかもしれないが、原材料となる食品廃棄物を集めるルートの整備をはじめ、トータルで再現することは難しいだろう、というのが同社の見立てだ。

現在はオレンジの皮から得られるペクチンを主原料としているが、研究開発は着々と進んでいる。ペクチン以外の多糖類も原材料になり得ることがわかってきたため、将来的には稲わらや麦わら、サトウキビの搾りかす、紙パルプの廃液など、より多様な原材料を活用できるようになる見込みだ。これにより、さらにコスト削減と原料供給の安定化が図れる可能性がある。

特許戦略も巧みだ。インドで開発された基本技術は特許として公開しているが、日本で完成させた改良部分には、敢えて特許にせずブラックボックス化した技術を組み合わせており、知的財産戦略への周到な配慮が伺える。

途上国発のイノベーションで先進国市場を攻略

Photo Credit: EF Polymer

EF Polymerは、事業戦略において興味深いアプローチを取っている。本来は発展途上国の干ばつ問題解決を目指して開発された技術だが、持続可能なビジネスとしての成立を考え、インド市場での展開と並行して、まず先進国市場からの攻略を選択した。

これは、新興国向けに市場展開する上では、スタートアップ単体でビジネスとして成立させるのは難しいと判断したからだ。特に干ばつの問題で困っている農家が多い新興国では、そもそもポリマーを買うお金がない場合が多いため、カーボンクレジットと組み合わせるなど、農家負担を軽くする取り組みが重要となる。

そこで同社は、農業大国であり環境意識の高い欧米市場を優先することにした。特にヨーロッパは化学系ポリマーの土壌への使用が規制されており、オーガニック素材のEF Polymerに大きな需要があると見込んでいる。

欧米の中でも市場特性に合わせた戦略がある。アメリカはコモディティ作物と呼ばれる大面積で大量に作られる作物が多く、価格が比較的安め。一方でヨーロッパは自分たちで食べるための野菜や比較的単価の高い作物が多い。そのため、まずはヨーロッパ市場を優先するという。

販売戦略も市場に応じて変化させている。インドでは、現地の農協に相当するFPO(Farmers Producer Organisation)にアプローチし、ヨーロッパでは商社や食品メーカーとの協業を進めている。日本が農作物を多く輸入しているアメリカ市場については、その輸入に関わる商社や食品メーカーが持つ契約農園にEF Polymerを使ってもらう戦略を取る計画だ。

興味深いのは、農業以外への応用も積極的に進めていることだ。岩谷マテリアルと共同開発した保冷剤「サイクール」はその一例で、従来の石油由来ポリマーを使った保冷剤と異なり、使用後は土に還して肥料として活用できる。

無印良品は従来の保冷剤からサイクールに切り替えたのをきっかけに、保冷剤の回収サービスを終了。「Farm to Sustainable Living」と名付けられたこの循環型モデルは、無印良品を陰影する良品計画会長の金井政明氏にも評価され、他製品への展開も検討されているそうだ。

EF Polymerでは、化粧品業界向けにも完全生分解性の増粘剤を開発するなど、用途の多様化も進んでいる。

ハイブリッドな組織、国際的なキャリア機会

吉川弘志氏
Photo Credit: EF Polymer

EF Polymerの組織は、日本とインドという異なる文化的背景を持ちながら、グローバルな視野で事業を展開している。主な拠点は日本の沖縄とインドだが、アメリカ法人も設立し、カリフォルニアを中心に展開。フランスにもメンバーがいる、真の意味での国際企業だ。

主に農業関係はインドで、化学領域やバイオ領域の研究開発は沖縄で実施している。事業開発はより国際的で、「アメリカやヨーロッパを中心に海外に移ってきている」という。

この国際的な環境は、特にグローバルなキャリアを求める人材にとって魅力的だ。研究開発部門では博士号(PhD)を持つ人材を求めており、事業開発部門では、海外経験や多言語対応」が求められる。国籍は問わないという姿勢も、多様なバックグラウンドを持つ人材にとって参入障壁を下げている。

もともとOIST職員で、OISTのアクセラレータプログラムで出会ったEF Polymerに魅せられ、2022年10月から取締役CFOを務める吉川弘志氏によれば、今、EF Polymerが最も必要なのは、「カルチャーフィットは大前提」とした上で、「何かを成し遂げた経験者」だと強調する。

会社を上場に導いたことがあるとか、販売商品をブレイクに導いた経験があるとか、海外で新しい製品展開をやり切った経験があるとか、そういう人材を求めています。チームメンバーは比較的若いので、熱量と行動力でこれまで試行錯誤しながら事業を拡大してきました。組織が大きくなり、より確度を高めて大きな成長を実現できるよう、これまでの経験を総動員して「大きな絵を一緒にかける人」を求めています

この「若さ」と「可能性」、そして「国際性」は、挑戦的なキャリアを求める人材にとって、大きな成長機会を提供するだろう。世界的な課題解決に貢献しながら、国際的なキャリアを築きたい人にとって、EF Polymerは理想的な環境かもしれない。

資金調達の成功と戦略的パートナーシップの構築

Photo credit: EF Polymer

EF Polymerは資金調達においても順調な成長を見せている。2023年5月にシリーズAラウンドで5.5億円を調達し、2025年春にはシリーズBの第一弾をクローズし、アメリカの事業会社・CVCからも投資を受けた。シリーズBラウンドにおいては、主に協業する事業会社やCVCからの調達が多くなるようだ。

同社では今後も「各国市場での協業可能性のある事業会社やCVC」からの出資を望んでいるという。最近では鈴与商事との資本業務提携も発表。同社のネットワークを活用した普及活動や、肥料用途の共同開発、ココピート(ココヤシの殻を原料とした有機培土で、土壌改良材や育苗土として使われる)の輸入・販売など多岐にわたる連携が進められている。

投資家にとって魅力的なのは、同社の事業モデルの持続可能性だ。「SDGsのバッジをつけてアピールするよりも、本質的に必要なものにならないと普及しない」という吉川氏の言葉からは、理想と現実のバランスが取れた経営姿勢が伺える。エグジット戦略については現時点で明確ではないものの、2029年度か2030年3月期前後での上場を一つの目標にしているという。

こうした国内外での実績と将来展望が評価され、EF Polymerは2025年3月、経済産業省が運営するスタートアップ支援プログラム「J-STARTUP」の第五次選定企業に選ばれた。J-STARTUPは、世界で戦えるスタートアップを支援する日本の国家的プロジェクトであり、EFポリマーの技術力と国際展開への期待がうかがえる出来事となった。

また、EF Polymerは2025年、エネルギー・産業技術分野の技術革新を推進する国の研究機関NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「ディープテック・スタートアップ支援事業」に採択され、数億円規模の研究開発資金を獲得した。高いリスクを伴う革新的技術の実用化に向けた取り組みが国からも認められ、事業拡大の基盤を固めている。

世界の食料安全保障と環境問題を同時に解決

Photo credit: EF Polymer

世界銀行の推計によれば、2050年までに食料生産を60%増加させる必要があるとされる一方で、気候変動による干ばつの頻度と強度は増加の一途をたどっている。この相反する課題を解決するイノベーションとして、EF Polymerの技術は大きな可能性を秘めている。

当面は先進国への市場展開を中心に成長を目指すが、例えば、カーボンクレジットなどによって、先進国のお金で新興国に対して製品を展開できる可能性もあるだろう。同社では、現実的なビジネスを追求しながらも、最終的には創業の原点であるインドのような発展途上国の問題解決に還元していく構想を持っている。

さらに興味深いのは、農業資材だけでなく生活用品から化粧品まで幅広い領域で石油由来製品を置き換えていく可能性だ。「農地から生まれたものが、消費され、また農地に還元される循環型モデル」は、今後の持続可能な社会の一つのモデルケースになり得る。

ガルジャール氏が小さな村で見た干ばつの問題を解決したいという思いから始まった挑戦は、いまや世界規模の食料・環境問題解決へと広がりつつある。技術的な革新性、事業戦略の現実性、そして社会的インパクトの大きさ——この三つを兼ね備えたEF Polymerの挑戦は、まさに次世代のアグリテック・環境テック分野を担う存在として注目に値するだろう。

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