
2025年9月29〜30日、沖縄科学技術大学院大学(OIST)で、OIST Innovationとライフタイム・ベンチャーズの主催により、ディープテックに特化したスタートアップカンファレンス「Startup Elevate」が開催されます。本稿では、このイベントに参加したスタートアップの一部をご紹介します。
SAF(持続可能な航空燃料)は、航空業界が抱える最も困難な脱炭素化課題の解決策として世界的に注目を集めている。国際民間航空機関(ICAO)が設定したカーボンニュートラル目標の実現には、従来のジェット燃料に代わる革新的な代替燃料の確立が不可欠だ。現在のSAF生産は従来燃料の約3倍というコスト高が最大の障壁となっており、安定供給と経済性を両立する技術の確立が急務となっている。
このような中で、沖縄科学技術大学院大学(OIST)発のスタートアップAtierra(アティエラ)が開発する微細藻類技術は、SAF業界に革命をもたらす可能性を秘めている。2024年2月に創業した同社は、遺伝子工学を駆使して改良したマイクロアルジー(微細藻類)から高品質な油脂を抽出し、従来のSAF製造プロセスを根本的に改善する技術を開発している。同社のアプローチは、油脂の純度向上と水素需要の削減により、SAF製造コストの大幅な低減を目指すものだ。
Atierraは2025年8月、世界最大規模の環境スタートアップコンペティション「Climate Launchpad」日本大会で優勝し、9月にはアジア太平洋地域大会で2位となり、10月にオーストリア・ウィーンで開催される世界決勝への出場権を獲得した。この快挙は、同社の技術が国際的な専門家集団から高く評価されたことを示している。現在、同社はJETROのグローバル・スタートアップ・アクセラレーションプログラム(GSAP)に参加し、アメリカ市場への本格展開に向けた準備を進めており、SAF業界の新たなゲームチェンジャーとしての地位確立を目指している。
深刻化するSAF供給不足

航空業界は世界のCO₂排出量の約2.5%を占め、国際エネルギー機関(IEA)によると、その排出量は2050年までに3倍に増加する可能性があると予測されている。しかし、航空機の電動化は技術的に極めて困難であり、長距離フライトにおいては化学燃料が唯一の現実的な選択肢として残されている。このような状況下で、SAFは航空業界の脱炭素化を実現する「最後の希望」として位置づけられている。
国際民間航空機関(ICAO)は2024年以降、2019年比でCO₂排出量を85%以下に抑制するという野心的な目標を設定した。これにより、SAFへの需要は爆発的に増加することが予想されるが、現在の供給体制では到底対応できない状況だ。日本でも2022年3月には、航空会社やプラント建設会社など16社が業界の垣根を越えて新団体「ACT FOR SKY」を設立。輸入に頼っているSAFの国産化を目指すなど、産業界を挙げた取り組みが加速している。
SAF業界が抱える根本的な課題は、供給量の絶対的不足と製造コストの高さにある。現在最も確立されたSAF製造技術であるHEFA(水素化処理エステル・脂肪酸)では、廃食油などの油脂を水素化処理してSAFを製造するが、この手法では製造コストが従来のジェット燃料の約3倍に達している。特に深刻なのは、原料コストが製造コスト全体の約60%を占める高コスト構造と、廃食油の世界的な需要増大による供給量不足・価格急騰である。
SAFの世界市場は急速な成長を続けており、各国政府も積極的な政策支援を展開している。欧州連合では、空港で給油される航空燃料に対するSAFの割合を、2030年までに6%、2050年までに85%まで引き上げる法案が作成された。日本でも2030年までに国内航空燃料使用量の10%をSAFとする目標を設定しており、出光興産は千葉事業所でATJ(Alcohol to Jet)技術による2028年度供給開始(10万kL/年)、徳山事業所でHEFA技術による2028年度供給開始(25万kL/年)を計画している。
しかし、現在の技術では需要の急拡大に対応できない根本的な限界が存在する。従来のバイオマス原料は地理的制約や季節変動の影響を受けやすく、安定供給に課題がある。また、可食原料の使用は食料安全保障の観点から制限される傾向にあり、非可食原料の開拓が急務となっている。
このような状況において、微細藻類を活用したSAF製造技術への期待が高まっている。
項目 | 従来のバイオマス原料 | Atierraの微細藻類技術 |
土地利用 | 農地での栽培が必要、食料生産との競合や森林破壊のリスク | 工業的環境での培養、土地利用競合を完全回避 |
生産安定性 | 季節変動や気候条件に大きく左右される | 制御された環境下で年間を通じて安定生産 |
原料組成 | 天然の組成に依存、制御が困難 | 遺伝子工学により最適化された脂肪酸組成を設計・生産 |
CO₂利用 | 植物の光合成による間接的利用 | 大気中・産業排ガス中のCO₂を直接原料として利用 |
微細藻類技術の優位性
学術研究から起業家への転身

Photo credit: OIST
Atierraの技術的基盤は、創業者Shivani Sathish氏のOISTでの博士課程研究に端を発している。同氏の博士論文は、マイクロフルイディクス(微細流体工学)、材料科学、化学工学を統合した学際的なアプローチによる表面ベース微細流体システムの開発に焦点を当てていた。具体的には、バイオマーカー検出の高度化を目指したポイントオブケア検査システムの開発を通じて、疾患診断分野での応用を探究していた。
しかし、Sathish氏の真の情熱は常に環境問題と気候変動対策にあった。博士課程と並行して、正式な非営利団体ではないものの、環境および社会的インパクトに焦点を当てた小規模グループを共同設立し、気候変動問題への取り組みを継続していた。
博士課程修了後、私は自分の核心的な価値観と研究専門性を深く掘り下げました。私の情熱は常に環境関連、気候変動に焦点を当てていました。そこで、どのようにして私の研究経験と専門知識を私たちがやりたいことに活かすことができるかを模索したのです。(Sathish氏)
この内省プロセスを通じて、Lifetime Venturesのジェネラルパートナー國井紅秋氏の継続的なメンターシップのもと、Sathish氏はカーボンリムーバル(炭素除去)という新興分野を発見した。
博士課程を卒業した後、私にとっては新しい分野でした。國井氏にこの分野を紹介していただきました。そして、この分野のすべての研究イニシアチブについて学び、それがもたらすことができる影響を理解することで、すべての学習を活用してヘルスケアではなく気候関連分野に焦点を当てた技術開発に本当に動機づけられました。(Sathish氏)
創業当初のAtierraは、実際に複数の異なる事業領域を探索していた。初期には、微細藻類を活用したスキンケアオイル原料や化粧品分野での応用、さらには珊瑚の保護・復元プロジェクトなど、多様なアプローチを検討していた。こうした様々な事業モデルを迅速に検証する過程で、顧客との対話を重視し、市場ニーズに基づいた技術開発の方向性を決定するアプローチを確立した結果、現在のSAF分野への特化に至った。
Atierraの設立過程は、一般的なディープテックスタートアップとは異なる独特のアプローチを採用している。通常のアカデミック発スタートアップでは、既存の研究成果や技術を市場に投入するという「技術プッシュ型」のモデルが主流だ。しかし、Sathish氏は意図的に「市場プル型」のアプローチを選択した。
國井氏は、一般的な学術系スタートアップが採用する技術プッシュ型モデルではなく、市場プル型アプローチを採用するよう私を導いてくれました。(Sathish氏)
同氏は先に会社を設立し、その後で会社のビジョンに最適化された技術開発を開始するという逆転の発想を実行した。これは、市場ニーズと技術開発を密接に連携させることで、商業的成功の可能性を最大化する戦略的判断だった。OISTの卒業生ではあるが、同社はOISTの既存研究の商業化ではなく、OIST Innovation Incubator内で独自技術を開発する独立企業として位置づけられている。
研究者から起業家への転身において、Sathish氏が直面した最大の課題は、「科学者のマインドセット転換」だった。
科学者として、私たちは常にデータ、企業と話すことができる前の研究の質に焦点を当てるように訓練されています。そこで私たちは技術の状態、正確性について非常に特別です。そこで私たちは技術を完璧にするために多くの作業を開始します。しかし、会社を作った後に学んだことは、それが手を取り合って行くということです。
技術を完璧にしてから市場側を探索するのではなく、市場のニーズに基づいて技術を開発する必要があるからです。技術だけに焦点を当てて、それを市場に合わせるために再び変更しなければならない場合、多くの時間を失うことになります。(Sathish氏)
微細藻類SAF技術のメカニズム

Atierraの技術革新の核心は、合成生物学を活用した微細藻類の代謝工学(メタボリック・エンジニアリング)にある。同社のアプローチは、従来の「利用可能な原料からSAFを製造する」という発想を転換し、「SAF製造に最適化された原料を生物学的に設計・生産する」という革新的な手法を採用している。
私たちが取り組んでいるのは、CO₂が微細藻類の細胞内に取り込まれてから最終的な油脂製品となるまでの全代謝経路を詳細に解析することです。この解析を通じて、私たちが必要とする特定の脂肪酸を生成する代謝経路を特定し、その経路に関与する酵素を遺伝子工学的に改変します。これは非常に複雑なプロセスです。(Sathish氏)
具体的には、同社は不飽和脂肪酸の含有量を大幅に削減した微細藻類株の開発に成功している。これにより、SAF製造時の水素需要を大幅に削減し、製造コストの削減を実現している。また、特定の分子量と構造を持つ脂肪酸の割合を高めることで、後段の精製プロセスの効率化も図っている。
たとえば、私たちは皆オメガ3脂肪酸になじみがありますよね?それは健康には非常に良いのですが、SAFの場合は実際には良くありません。油にオメガ3が多いほど、処理により多くの水素が必要になります。そこで私たちがやろうとしているのは、その含有量を減らすことです。(Sathish氏)
重要な点として、同社の代謝工学アプローチは、単一の酵素改変ではなく、代謝経路全体の最適化を目指している。CO₂から目的とする脂肪酸への変換効率を最大化するため、複数の酵素を同時に改良し、代謝フラックス(代謝流量)の最適化を実現している。このシステム的なアプローチにより、高収率かつ高純度の油脂生産を可能にしている。
Atierraの技術的優位性は、遺伝子工学だけでなく、微細藻類の培養プロセス最適化にも及んでいる。同社は既に独自のバイオリアクター技術を確立しており、微細藻類の成長速度、油脂生産量、品質の一貫性において高い性能を実現している。現在の培養システムは、pH、温度、光照射、栄養素濃度などの培養条件を精密に制御することで、安定した品質の油脂を継続的に生産可能だ。
Atierraのビジネスモデルの特徴は、技術ライセンシングに重点を置いた戦略だ。同社は自社での大規模製造施設建設ではなく、開発した微細藻類株と培養プロセス技術をパートナー企業にライセンス供与することで事業拡大を図っている。
私たちの好みはライセンシングモデルです。私たちが開発したいのは、エンジニアリング、菌株、最高性能の微細藻類菌株、そしてそれを培養するプロセスです。この2つの組み合わせです。そして、このプロセスを行う能力、資金、資本を持つパートナーに、この技術をライセンスアウトしたいと考えています。(Sathish氏)
グローバルSAF市場でのポジショニング戦略

Photo credit: Neste
Atierraの市場参入戦略は、SAF業界のバリューチェーン全体を理解した上での戦略的パートナーシップ構築に重点を置いている。同社は当初、最終ユーザーである航空会社との対話から開始したが、業界構造の理解を深める中で、精製業者が最も重要なパートナーであることを特定した。
私たちは実際に航空会社との最初の対話から始めましたが、航空会社の場合、彼らは最終製品であるSAFを購入することに焦点を当てていることがわかりました。そこで私たちは、真の顧客とパートナーは実際には精製業者であることを特定しました。航空会社は最終製品を受け取る側だからです。(Sathish氏)
現在、同社はHoneywell UOP(アメリカ)の技術専門家との対話を進めており、Total Energies(フランス)との協議も開始している。これらの対話では、Atierraの微細藻類由来油脂がSAF製造プロセスに与える具体的な改善効果と、商業規模での技術実装に必要な条件について詳細な検証が行われている。
日本市場は、Atierraの世界展開戦略において特別な位置を占めている。同社はOIST発のスタートアップとして日本との強いつながりを持ち、日本の航空業界関係者との初期対話を通じて貴重な市場インサイトを獲得している。
Atierraの国際展開戦略の中核は、SAF製造が世界で最も進んでいる北欧市場での戦略的ポジション確立だ。同社は、SAF製造世界最大手Neste(フィンランド)をはじめSAF製造が盛んな北欧のSAF精製企業向けを皮切りに、欧州連合(EU)、世界へと段階的に拡大する計画を明確にしている。
北欧地域は、政府政策、技術開発、市場形成のすべての面でSAF業界の世界的リーダーである。特にフィンランドのNeste社は、HEFA技術による年間約300万トンのSAF製造能力を持ち、世界のSAF供給量の約30%を占めている。このような先進市場でAtierraの技術的優位性が認められることは、世界市場での信頼性確立において決定的に重要だ。
SAF市場では、石油メジャーや大手化学メーカーが既存インフラと資本力を活用して急速に参入を進めている。このような既存プレイヤーとの競争において、Atierraは技術的差別化による独自ポジションの確立を目指している。
同社の競争優位性は、「原料レベルでの最適化」にある。既存プレイヤーは利用可能な原料(廃食油、動物性脂肪等)を前提としてSAF製造技術を開発しているが、AtierraはSAF製造に最適化された原料を生物学的に設計・生産できる。この根本的なアプローチの違いが、製造コストと製品品質の両面で差別化をもたらす。
商業化への道筋と社会インパクト

Photo credit: PDIE Group / Climate Launchpad
Atierraの国際事業展開において重要な転機となったのは、JETROグローバル・スタートアップ・アクセラレーションプログラム(GSAP)への採択だ。同社は全国から選出された10社の中に選ばれ、世界最高水準の支援を受けてアメリカ市場への本格参入を準備している。
GSAPの特徴は、単なる資金提供ではなく、国際的なトップクラス組織による包括的な事業開発支援にある。同社が参加するサステナビリティコースは、Third Derivativeなどの世界的クリーンテック専門組織によって運営されており、技術評価、市場分析、戦略策定、投資家ネットワーキングまで一貫した支援を提供している。
このプログラムでは、Third Derivativeの専任メンターと2週間ごとに会話し、課題について話し合っています。彼らは業界の専門家やメンターを見つけてくれるだけでなく、潜在的なパートナー企業への紹介も行ってくれます。これまでの私たちの歩みにおいて、彼らの支援は欠かせないものとなっています。(Sathish氏)
10月のサンノゼ(カリフォルニア州)でのピッチイベントは、同社にとって極めて重要な機会となる。シリコンバレーの中心地で、アメリカのクリーンテック投資家と企業パートナーに直接技術価値をアピールできる場であり、アメリカ市場参入の足がかりとなることが期待される。
2025年8月29日、Atierraは世界最大規模の環境スタートアップコンペティション「Climate Launchpad 2025」日本大会で優勝し、9月5日にはアジア太平洋地域大会で2位となった。この快挙は、同社の技術的優位性と事業ポテンシャルが国際的な専門家集団から高く評価されたことを示している。
Climate Launchpadは40カ国のスタートアップが参加する世界最大規模の気候変動対策コンペティションで、オランダ駐日大使らが見守る中で開催された。5ヶ月間のブートキャンプとコーチングを経て最終選考に残った10社の中から、Atierraの事業アイデアとインパクトが最高評価を獲得した。

Photo credit: PDIE Group / Climate Launchpad
優勝により、同社は10月にオーストリア・ウィーンで開催される世界決勝への出場権を獲得した。このイベントでは、世界各国の優勝企業が集結し、世界的な気候変動対策スタートアップの頂点を競う。ヨーロッパでの露出は、前述の北欧SAF精製企業との戦略的関係構築において重要な機会となる。
現在、Atierraはプレシードラウンドでの25万米ドル調達を目標として、技術のラボスケール検証を完了させるため、戦略的投資家との対話を積極的に進めている。これまでにLifetime Venturesからの初期投資を含む資金調達を実現しており、技術開発とチーム拡充に必要な基盤を確立している。
同社の資金調達戦略の特徴は、単純な財務投資家ではなく、事業戦略上の付加価値を提供できる戦略的投資家を重視していることだ。特にアメリカ市場への参入においては、現地のクリーンテック投資家やSAF業界関係者との資本関係構築が、技術検証と市場開拓の両面で重要な意味を持つ。
資金調達と並行して、同社は技術開発体制の強化も進めている。現在はSathish氏による単独経営だが、プレシードラウンド完了後にはCTO(最高技術責任者)の招聘を予定している。また、共にOISTで教授を務めるSaacnicteh Toledo-Patino氏とMahesh Bandi氏がチーフ・サイエンティフィック・アドバイザーとして参画しており、タンパク質工学・計算生物学および非線形物理・生化学プロセス最適化の専門知識による技術支援体制を構築している。
SAF事業の商業化において避けて通れないのが、各国の厳格な規制対応と認証取得だ。Atierraは現在、日本、アメリカ、ヨーロッパの主要市場での規制要件を詳細に分析し、段階的な認証取得計画を策定している。
Atierraの技術は、経済的価値に加えて高い環境・社会価値を創出する可能性を持つ。同社の微細藻類技術による環境インパクトは、従来のSAF製造技術と比較して複数の側面で優位性を示している。
項目 | 従来技術 | Atierraの技術 |
水資源利用 | 大量の灌漑用水が必要 | 水の循環利用、海水・産業排水の活用も可能 |
CO₂削減効果 | カーボンニュートラル(約50%削減) | 80%以上のCO₂削減を実現 |
土地利用 | 農地利用による食料競合 | 工業施設での生産、土地競合なし |
生産安定性 | 季節・気候変動の影響大 | 年間を通じた安定供給 |
環境優位性の比較
社会的インパクトの観点では、同社の技術が地域経済の活性化に寄与する可能性がある。微細藻類培養施設は比較的小規模で地域分散型の設置が可能であり、農村地域や離島での新たな産業創出につながる。また、石油輸入依存の削減により、エネルギー安全保障の向上にも貢献する。
さらに重要な社会的価値として、技術移転による発展途上国でのクリーンエネルギーアクセス改善がある。同社の技術は比較的シンプルな設備で実装可能であり、適切な技術支援により各国での自立的なバイオ燃料生産を実現できる。
現在、同社はカーボンクレジット市場との統合可能性についても検討を進めている。従来のSAF製造では、植物バイオマスに蓄積されたCO₂を活用するため、「カーボンニュートラル」の範疇にとどまる。一方、Atierraの技術では大気中または産業排ガス中のCO₂を直接捕集・利用することで、「カーボンネガティブ」な燃料製造の可能性がある。
通常、炭素クレジットを獲得するためには、CO₂を大気中から除去して永続的に貯蔵することが必要です。しかし、私たちの技術では、CO₂を燃料に変換して再び使用するため、従来の炭素クレジット制度にそのまま適用することは困難です。そのため、私たちの技術に適した新しい評価フレームワークの確立が課題となっています。
次世代エネルギー技術における展望

Image credit: ICAO LTAG Report, with modifications by METI
同社の技術開発は、OISTの国際的な研究環境と沖縄県の戦略的スタートアップ支援政策の恩恵を受けている。OISTが主催するスタートアップ支援プログラム「OIST Innovation Incubator」は、JST(科学技術振興機構)のCOI-NEXTプログラム(産学官共創によるイノベーション創出を目指す共同研究拠点の形成事業)の支援により、事業がさらに進化している。この環境により、同社は世界最高水準の研究インフラと国際的なネットワークを活用した技術開発を実現している。
日本のバイオテクノロジー分野では、医療・ヘルスケア領域に注力する企業が多数を占める中で、Atierraは気候変動対策に特化した合成生物学技術の開発に取り組んでいる。グローバルインフォメーション社の調査によると、微細藻類市場は2023年に107億5000万米ドルと評価され、2030年には192億1000万米ドルになると予測されている。この急成長市場において、Atierraは「用途特化型バイオエンジニアリング」という差別化されたアプローチを採用している。
特に注目すべきは、沖縄の地理的特性が微細藻類研究に与える優位性だ。亜熱帯気候による年間を通じた安定した光照射条件と、海洋生物資源の豊富さは、微細藻類の研究開発において理想的な環境を提供している。同社はこれらの自然条件を活用し、他地域では困難な長期的な屋外培養実験や新種微細藻類の探索を実施している。
世界的なSAF技術開発競争において、Atierraは後発企業でありながら、独自の技術的差別化により競争優位性の確立を目指している。アメリカではGevoやFulcrum BioEnergyなどの先行企業が大規模な商業プラントの建設を進めているが、これらの企業は主に既存バイオマス原料の活用に重点を置いている。
同社の戦略的優位性は、「原料設計からの最適化」という根本的に異なるアプローチにある。競合企業が既存原料の制約の中で技術開発を進める一方、Atierraは理想的な原料を生物学的に創造することで、従来技術では達成困難な性能向上を実現している。
私たちは、微細藻類株の改良から低コスト培養、油脂抽出まで、全プロセスの検証を行い、2027年半ばまでにパートナーとの最初のパイロットプラントの準備を整えることを目指しています。(Sathish氏)
この目標達成により、同社は世界の主要SAF市場での足がかりを確立し、次の成長段階への基盤を構築する。
2030年代以降の社会において、Atierraの技術は単一産業の改善を超えて、社会システム全体の持続可能性転換に寄与する可能性を持つ。同社が開発する合成生物学プラットフォームは、SAFを出発点として、より広範囲な「バイオベース経済」の実現に向けた基盤技術となりうる。
特に重要な展開可能性として、「カーボン・ツー・プロダクツ(Carbon-to-Products)」技術への発展がある。現在はSAF原料に特化しているが、同じ技術プラットフォームを活用して、化学工業原料、プラスチック代替材料、食品添加物など、多様な製品の生産が可能となる。これにより、石油化学工業全体の脱炭素化に貢献する可能性がある。
長期的には、Atierraの技術が「再生可能炭素循環社会」の実現に向けた重要な構成要素となる可能性がある。大気中のCO₂を資源として活用し、それを様々な有用物質に変換する技術体系の確立により、化石資源に依存しない持続可能な社会システムの構築が可能となる。
微細藻類という小さな生物が秘める巨大な可能性を解き放つAtierraの挑戦は、持続可能な未来に向けた人類の技術革新の象徴といえる。沖縄の青い海から始まった小さなスタートアップが、やがて世界の空の色を変える日が来るかもしれない。