世界最高水準の技術で物流危機に挑む——ロボトラックが描く自動運転トラックの未来


日本の物流業界は、今、かつてないほどの構造的危機に直面している。その象徴が、2024年4月1日から施行された働き方改革関連法によって、トラックドライバーの時間外労働に年間960時間という上限が設けられたことに端を発する「物流の2024年問題」だ。この法改正は、長時間の過重労働が常態化していたドライバーの健康と安全を保護するためには不可欠なものだが、同時に、日本の経済と社会の根幹を揺るがす深刻な課題を浮き彫りにした。

政府が推進する「働き方改革関連法」の施行は、全産業に大きな変革を求めているが、特にトラックドライバーという、日本の物流を支える中核をなす労働者の労働時間に制限を設けたことは、その影響が社会全体に波及する可能性を秘めている。この法改正は、労働環境の改善という崇高な目標を掲げている一方で、物流を担う事業者にとっては、既存のビジネスモデルを根本から見直さざるを得ないという、非常に厳しい現実を突きつけている。

国土交通省の衝撃的な試算は、この問題の深刻さを物語っている。具体的な対策を講じなければ、営業用トラックの輸送能力は2024年度には約14.2%(4億トン相当)、2030年度には約34.1%(9億トン相当)も不足する可能性があると予測されている。これは、単に物流業界内の問題にとどまらず、私たちの日常生活、そして日本経済全体に広範囲な影響を及ぼすことを意味する。

例えば、法改正によってドライバーの稼働時間が制限されることで運送業者の輸送能力が必然的に低下し、荷主の商品配送コストが増加し、最終的に商品の価格上昇や送料の値上げとして消費者の負担増につながる可能性が高い。食料品や日用品がこれまでのようにスムーズに届かなくなる可能性も示唆されている。物流が滞れば、企業の事業継続に支障をきたす可能性もあり、原材料や部品が調達できなくなり、生産を停止せざるを得なくなることも考えられる。

この国家的課題に、自動運転という最先端テクノロジーで挑むスタートアップが、ロボトラックだ。彼らは、単なる「自動運転トラック」の開発者ではなく、日本の物流インフラ全体を再構築しようとしている。

三菱商事出身で、直近はSkyDriveで「空飛ぶクルマ」の事業化をCOOとして牽引した羽賀雄介氏と、アメリカで世界最高水準の自動運転技術を開発したNan Wu(呉楠)氏という、異色の経歴を持つ2人の創業者が、日本の未来のために手を組んだ。彼らの存在は、日本の物流業界に新たな希望の光をもたらしている。既存の枠組みにとらわれない彼らの挑戦は、日本の物流が抱える根深い問題に対する、抜本的な解決策となりうる可能性を秘めている。

異色の2人が描く、物流革命への序章

左から:代表取締役CEO 羽賀雄介氏、創業者・代表取締役のNan Wu(呉楠)氏
Photo credit: Robotruck

ロボトラックの物語は、日本と中国、そしてアメリカという異なる舞台で活躍してきた2人のキーマンの出会いから始まった。一人は、日本の大企業とスタートアップの両方で事業を牽引してきた羽賀氏。もう一人は、世界トップレベルの自動運転技術を開発したエンジニア Wu氏だ。彼らの強みが融合したことが、ロボトラックの誕生と、そのユニークな競争優位性の源泉となっている。

羽賀雄介氏は、慶應義塾大学を卒業後、2009年に三菱商事に入社。そこで彼は多岐にわたる事業に従事し、ビジネスセンスとグローバルな視点を育んだ。特に自動車事業部では、いすゞ自動車の東南アジア向け営業・マーケティング業務に携わり、海外駐在も経験した。この経験を通じて、彼は現地のトラック事業の現場を深く理解し、物流ビジネスの構造的課題を肌で感じ取った。この知見は、後にロボトラックで取り組む事業の根幹をなすものとなる。

その後、国内外での宇宙航空分野における新規事業開発やスタートアップ投資事業に携わるなど、常に新しい分野を切り拓いてきた。彼のキャリアの集大成ともいえるのが、2020年にジョインした「空飛ぶクルマ」の開発を手掛けるスタートアップSkyDriveでの経験だ。同社で彼は事業戦略策定、産学官とのパートナーシップ構築、大阪・関西万博でのデモフライト担当の責任者を務め、SkyDriveを日本のモビリティ業界におけるキープレイヤーへと成長させた。

私は「空飛ぶクルマ」という、まさにモビリティの未来を創る仕事をしていました。そこで学んだのは、新しい技術を社会に実装するためには、技術だけでなく、法規制や官民連携、社会全体のコンセンサスが不可欠だということです。一方で、Wuはアメリカで世界トップレベルの自動運転技術を開発し、事業化を経験していました。彼の技術力と、私のビジネス・社会実装の経験が融合すれば、日本が抱える深刻な物流問題を解決できると確信したのです。(羽賀氏)

一方、創業のきっかけをつくったのが、中国出身のWu氏だ。彼は早稲田大学で自動運転技術の研究に従事した後、2016年にアメリカで自動運転スタートアップTuSimpleの共同創業者として活躍した。このスタートアップは、世界初のレベル4自動運転大型トラックの開発を主導し、ナスダック市場への上場まで経験するなど、自動運転技術の商業化における最先端の知見とノウハウを蓄積した。

Wu氏はその後、世界に先駆けて少子高齢化が進行し、深刻なドライバー不足に直面している日本の物流業界に、自動運転技術を社会実装することにチャンスを見出した。アメリカでの経験で自動運転技術の事業化の難しさと可能性を理解した彼は、日本の社会課題を解決するため、新たな挑戦を決意したのだ。アメリカで培った最先端の技術開発ノウハウを、日本の社会課題に適用することで、世界でも類を見ない自動運転ソリューションを構築できると確信した。

羽賀氏は、このWu氏の壮大なビジョンに共感し、創業から約1年後の2025年に代表取締役CEOに就任した。これにより、Wu氏は代表取締役として最先端の技術開発を統括する一方、羽賀氏は幅広いビジネス経験と人脈を活かして事業開発と社会実装を推進する体制が構築された。2人の役割分担と、互いの強みを最大限に活かすというロボトラックのチーム体制を象徴している。この二人三脚の体制こそが、日本の物流革命を加速させる原動力となっている。

競争優位を築く、独自の自動運転戦略

Photo credit: Robotruck

ドライバーの高齢化と若者のトラック業界離れは、以前から顕在化していました。しかし、この法改正をきっかけに、荷物が運べなくなるという現実的な問題に直面しているのです。この問題は、荷主や運送会社、そして最終的には消費者の皆様にまで影響を及ぼします。これは単なる業界内の問題ではなく、日本のサプライチェーン全体を揺るがす、まさに国家の有事だと私たちは認識しています。

このままでは日本の物流インフラは崩壊しかねません。私たちは、この危機を回避するためには、労働力に依存しない新たな輸送手段の確立が不可欠だと考えています。自動運転は、この問題に対する最も有効で、かつ最も現実的な解決策なのです。(羽賀氏)

ロボトラックは、この喫緊の課題に対し、自動運転トラックを導入することでドライバー不足を補い、日本の物流を維持・発展させることをミッションとしている。しかし、彼らが目指すのは短期的な解決策ではない。長距離輸送における自動運転を早期に実現し、ドライバーの労働環境を改善するとともに、持続可能な物流システムを構築し、日本の未来を支えるインフラを再構築することだ。彼らの挑戦は、単にトラックを自動化することを超え、物流という社会の根幹を支える仕組みそのものをアップデートしようとしているのだ。

ロボトラックが目指すのは、ただ単に自動運転車を開発することではない。日本の物流が最も必要としている「幹線輸送」に特化した、現実的な社会実装を追求している。幹線輸送とは、東京・名古屋・大阪などの大都市間を結ぶ、高速道路を中心とした長距離輸送を指す。この区間は、物流の大部分を占め、かつドライバーの長時間労働の温床となってきた。ロボトラックは、この区間の自動運転化を最優先課題とすることで、物流の効率を劇的に向上させることを目指している。

私たちがやろうとしているのは、まずは、東名高速や名神高速といった、トラックがひたすら往来している区間の自動化です。長距離ドライバーが担っているこの部分を無人化することで、ドライバー不足を解消し、同時に運送会社の収益向上にも貢献できると考えています。

具体的には、過酷で長時間にわたる高速道路での運転を自動化し、物流センターから物流センターまでの長距離輸送の全てを完全無人運転トラックが担うことを目指します。これにより、長距離輸送は無人で、ラストマイル輸送は従来通り有人で行うことが、物流危機に対する解決策になり得ます。(羽賀氏)

彼らの技術開発には、もう一つの重要な特徴がある。それは「スクラッチ開発」だ。現在20名超からなるチームは、日本を含む世界から集まったエンジニアで構成されており、この多国籍な人材プールにより最適な技術専門性を確保している。既存の技術を他社からライセンス供与されるのではなく、自動運転のソフトウェアスタックのほぼすべてをゼロから自社で開発している。これは、知財リスクを回避し、日本特有の複雑な環境に適応した技術を柔軟に開発するための戦略だ。

アメリカのアリゾナ州のような、まっすぐで交通量が少ない道路での自動運転とは、日本が直面している課題は全く異なります。日本の高速道路は、急カーブや頻繁な合流・分岐があり、しかも交通量が多い。さらに、豪雨や豪雪といった気象条件にも対応しなければなりません。これらの特殊な環境に対応するためには、既存の技術を流用するだけでは不十分です。だからこそ、私たちはゼロから最適なシステムを構築する必要があると考えているのです。このアプローチこそが、私たちの最大の強みであり、日本市場における競争優位性を生み出す源泉なのです。(羽賀氏)

スクラッチ開発により、ロボトラックは、日本市場のニーズに合わせた自動運転システムを柔軟に設計・開発することができ、市場投入までのスピードを最大化できる。さらに、独自の技術基盤を持つことは、将来的に海外展開する際にも大きなアドバンテージとなる。彼らは、LiDAR、レーダー、カメラといった複数のセンサーを組み合わせた「フュージョン技術」を駆使し、悪天候下でも高い精度で周辺環境を認識できるシステムを開発している。

日本の自動運転トラック業界の現在地

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日本の自動運転トラック市場は、ロボトラック以外にも複数の企業が参入し、競争と協調が入り混じる様相を呈している。

特に注目すべきは、三井物産が設立し、Preferred Networksが技術を提供するT2だ。T2は三井物産のほか、三菱地所、三井住友海上、大和物流、KDDI、そしてJR貨物といった大手企業が出資する、強力なバックボーンを持つスタートアップだ。彼らは、2025年夏にレベル2の自動運転トラック事業化を目指し、関東〜関西間の高速道路で実証実験を重ねている。

また、ティアフォーも、商用車の車体架装メーカーと協業するなど、レベル4自動運転商用車の生産体制を構築し、社会実装に向けた動きを加速させている。これらの企業は、大手企業との連携を強みとし、既存の物流ネットワークを活用しながら、段階的に自動運転技術の導入を進めていく戦略を取っている。

日本の自動運転トラック市場は、海外の巨大企業や国内の大手メーカー、そして私たちのようなスタートアップが入り乱れる、非常に活気のある市場になっています。しかし、私たちは彼らを競合とだけ捉えているわけではありません。むしろ、業界全体が協調して社会実装を進めることが、日本の物流を救う上で最も重要だと考えています。

私たちのビジネスは、法規制に大きく左右されます。物流業界は古くから存在する巨大な産業であり、トラック協会をはじめ、政治などのさまざまなステークホルダーが密接に関わっています。彼らと対立するのではなく、協力関係を築くことが不可欠です。

弊社は既存の物流業界のエコシステムと調和し、特に物流事業者と相互補完関係として共存共栄できるようなビジネスモデルを通じて、関係構築を目指しています。(羽賀氏)

ロボトラックは、社会実装に向けた具体的なステップを着実に踏んでいる。設立わずか1年で、東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)、PKSHAアルゴリズム2号ファンド、AIS CAPITALを含む3社のVCから約3億円のシードラウンド資金調達を実施した。

また、2025年7月には、グロービス・キャピタル・パートナーズをリード投資家とし、オリックスも参画するプレシリーズAラウンドで資金調達を実施。その後、産業革新投資機構(JIC)傘下のJICベンチャー・グロース・インベストメンツ(JIC-VGI)、SMBCベンチャーキャピタルからの出資を受け、プレシリーズAラウンドとして累計16.5億円の資金調達を完了した。政府系ファンドと大手銀行系VCを株主に迎えたことで、日本を代表するトラック自動運転スタートアップとしての基盤がより強固なものとなった。

投資家の皆様は、私たちがただ単に「技術開発」をしているのではなく、「社会課題の解決」を目指している点を高く評価してくださったのだと思います。特に、創業者がアメリカでナスダック上場を果たしたという実績は、投資家にとって大きな信頼の根拠となりました。(羽賀氏)

技術面では、経済産業省や国土交通省が主導する実証実験にも参画し、設立後1年以内で新東名高速道路の駿河湾沼津SA〜浜松SA間で100kmのレベル4相当の走行テストに成功した(本稿最初の写真)。政府や自治体が主導する実証実験は、自動運転技術の社会受容性を高め、法規制緩和に向けた重要なステップとなる。

特に、2021年度から2025年度にかけて推進されている「自動運転レベル4等先進モビリティサービス研究開発・社会実装プロジェクト(RoAD to the L4)」は、高速道路における自動運転トラックの実用化を目指すものであり、ロボトラックの事業と深く関連している。このプロジェクトは、自動運転技術を社会に浸透させるための重要なロードマップを提示しており、ロボトラックはそれに沿って着実に開発を進めている。

自動運転が実現するためには、技術だけでなく、法規制やインフラ、社会の理解がすべて揃わなければなりません。特に、高速道路での無人運転がいつ解禁されるか、という点が私たちのビジネスの成否を握る大きな鍵になります。

政府は、2026年度以降の社会実装を目指し、高速道路に路車間通信設備を備えた「自動運転サービス支援道」の整備計画も進めていると聞いています。私たちは、こうした政府の動きと連動しながら、技術開発と事業化を同時に進めることで、社会実装のスピードを最大化しようとしているのです。(羽賀氏)

この方針を具体化する形で、ロボトラックは2025年度、国土交通省による「自動運転トラックによる幹線輸送の社会実装に向けた実証事業」に2つのコンソーシアムで採択された。一つはオリックス自動車を代表企業とする「L4物流自動運転トレーラー推進協議会」(物流事業者としてセンコーが参加)、もう一つは豊田通商を代表企業とするコンソーシアムだ。

ロボトラックは両コンソーシアムにおいて自動運転トラックの技術開発を担当し、新東名高速道路または東名高速道路近郊の物流拠点間で、セミトレーラー型自動運転トラックを用いた実証走行を予定している。オリックス自動車や豊田通商といった物流・商社の大手企業との協業は、ロボトラックの技術が実用化に向けて着実に前進し、既存の物流エコシステムとの統合を進めていることを示している。

今後の計画として、ロボトラックでは2025年度には東京〜名古屋間、2026年度には東京〜大阪間での実証実験を予定しており、2028年度には製品を市場に投入する計画だ。

物流インフラを再定義するロボトラックの未来

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ロボトラックが目指すのは、単に「自動で走るトラック」を作ることではない。彼らは、無人運転がもたらす革新的な価値を通じて、日本の物流インフラそのものを再定義することを目指している。

自動運転が導入されると、トラックの稼働率を劇的に向上させることが可能となります。人間のドライバーが交代で休憩を取る必要がなくなるため、夜間や深夜の連続運行が可能となり、24時間365日の連続輸送が現実のものとなります。運送会社は人件費を削減できるだけでなく、車両という固定資産の稼働率を最大化し、利益を増やすことができるでしょう。 

また、自動運転システムは、常に最適な速度と車間距離を維持するため、燃料消費を抑えることにもつながります。環境負荷の低減にも貢献し、運送会社のランニングコスト削減にも繋がります。 

私たちは、ドライバーの仕事を奪うのではなく、より安全で快適な働き方を実現したいと考えています。自動運転に任せられる部分が増えることで、ドライバーは荷物の積み下ろしや顧客対応といった、より付加価値の高い業務に専念できるようになります。 

労働環境が改善されれば、物流業界の魅力が高まり、若い世代がこの業界に飛び込んできてくれるようになることを期待しています。ドライバーの皆さんが安心して、誇りを持って働ける。そんな未来を創るのが私たちのミッションです。(羽賀氏)

さらに、トラックの自動運転は、物流業界だけでなく、日本のサプライチェーン全体に大きな影響を与えるだろう。災害時の物資輸送や、過疎地への配送など、人手不足が深刻な状況下でも安定した物流を維持できるようになる。

特に、物流が途絶えがちな地方の生活を支える上で、自動運転トラックは重要な役割を担うことが期待されている。都市と地方を結ぶ幹線物流が安定することで、地方の産業や経済の活性化にも貢献できるだろう。将来的には、自動運転トラックが日本の経済活動の血流となり、より強靭で柔軟なサプライチェーンを構築する上で不可欠な存在となるはずだ。

ロボトラックの技術が社会に実装されることで、日本の物流はより強靭で、持続可能なものに生まれ変わるだろう。彼らの挑戦は、日本の物流業界に新たな希望をもたらし、未来の社会を築く礎となるだろう。技術の進化と、社会の変革を両輪で進めるロボトラックの今後の動向に注目が集まる。

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