現実と見分けがつかない次世代AR/VR実現へ——立命館大発IntraPhotonが挑む赤色マイクロLED革命



本稿では、2025年10月6日に公表された東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)が運営する起業家支援プログラム「1stRound」13期採択企業の一部をご紹介します。

2025年10月6日、滋賀を拠点とするIntraPhoton(イントラフォトン)が産声を上げた。同社が目指すのは、Apple Vision ProやMetaのARグラスを圧倒的に凌駕する次世代ディスプレイ技術の確立だ。「現実を見ているのか、画面を見ているのか、区別がつかない」——そんなリアル感を持つAR/VRデバイスの実現に向け、立命館大学の藤原康文教授が開発した独自のマイクロLED技術を武器に、グローバル市場への挑戦を開始する。

代表取締役の本蔵俊彦氏は、投資家と起業家の両方を経験してきた人物だ。日本発の技術で真のグローバル成功を成し遂げる——その強い想いが、この起業を後押しした。

IntraPhotonの誕生は、日本のディープテック・スタートアップにとって重要な転換点となるかもしれない。サムスンやLGが採用してきた垂直統合型ではなく、半導体業界のファブレスモデルを採用することで、資本集約型の競争から脱却。技術優位性を武器に、Apple、Meta、そしてGAFAM各社をターゲット顧客として設定している。

マイクロLED市場の「赤」問題

Photo credit: Meta

2014年、赤﨑勇、天野浩、中村修二の3氏が青色LEDの開発でノーベル物理学賞を受賞した。彼らの発明により、赤・緑・青の三原色が揃い、LED照明による白色光の実現が可能になったのは有名な話だ。しかし、ディスプレイ技術の進化は新たな課題を生み出した。AR/VRデバイスに必要な超高精細ディスプレイを実現するには、数マイクロメートル(1マイクロメートル=1000分の1ミリメートル)という極小サイズのLEDが必要になる。このサイズ領域では、従来の赤色LED材料は十分な光を放出できないのだ。

国際学会に行くと、赤色マイクロLEDのセッションには世界中から研究者が集まります。いかに目の前に小さく発光素子を並べて高精細なディスプレイを作れるか、そのために必要な赤色をどう実現するかが、業界全体の大きな挑戦になっています。(本蔵氏)

世界中の学会で、マイクロLED、特に赤色マイクロLEDの実現に向けた競争が激化している。国際的なディスプレイ技術の学会であるSID(The Society for Information Display)やマイクロLED専門のカンファレンスでは、赤色マイクロLEDだけにフォーカスしたセッションが設けられるほどだ。

現在のAR/VRデバイスが真の意味で「現実と区別がつかない」レベルに到達できない理由は2つある。第一に、人間の網膜レベルで現実と区別がつかないためには、最低でも8,000PPI(Pixels Per Inch:1インチ当たりのピクセル数)と20,000ニット(輝度の単位)が必要とされる。しかし、現行のLCD(液晶ディスプレイ)やOLED(有機ELディスプレイ)技術では3,000~4,000PPIと10,000ニット以下に留まっている。第二に、窓に反射する光のきらめきや、暗闇での花火や爆発など、自然界と同様のダイナミックレンジ(明暗の幅)を再現できていない。

これらの課題を解決する鍵がマイクロLED技術だ。LCDやOLEDは、バックライトやカラーフィルターを通じて光を生成・変換するため、エネルギー効率が悪く、輝度にも限界がある。一方、マイクロLEDは各ピクセルが自ら光を放出する「自発光方式」であり、原理的には20,000PPIや100万ニットという圧倒的なスペックが可能とされている。しかし実用化を阻んできたのが、赤色マイクロLEDの不在だった。

Apple Vision Proは、現在市場に出ているAR/VRデバイスの中でも最高峰のスペックを誇る。4K解像度以上のマイクロOLEDディスプレイを搭載し、約3,000PPIの解像度を実現している。しかし、価格は3,499米ドル(日本では599,800円)と高額で、それでもなお「現実と見分けがつかない」というレベルには達していない。MetaのQuest 3はLCDを採用し、より手頃な価格帯を実現しているが、解像度や輝度ではApple Vision Proに及ばない。

マイクロLED技術が実用化されれば、これらのデバイスを大きく上回る性能を、より低コストで実現できる可能性がある。しかし、そのためには赤色の課題を解決しなければならない。そして、この課題に対する革新的な解決策を持っているのが、IntraPhotonなのだ。

「イントラセンター発光」

Image credit: IntraPhoton

IntraPhotonが持つコア技術は、藤原教授が開発した「イントラセンター発光」という全く新しい発光原理に基づいている。藤原教授は立命館大学総合科学技術研究機構の教授で、半導体工学、特に窒化物半導体(GaN系材料)の研究において国際的な評価を受けている研究者だ。

イントラセンター発光技術は、ユーロピウム(Eu)という希土類元素を通常のLED材料であるガリウムナイトライド(GaN)に導入(ドーピング)することで実現される。従来の赤色LEDは、インジウムガリウムアルミニウムリン(InGaAlP)という材料を使用していたが、この材料には致命的な欠点があった。素子サイズが小さくなるにつれて発光効率が急激に低下し、10マイクロメートル以下では実質的に使用不可能になるのだ。

これは「サイズ効果」と呼ばれる現象で、InGaAlP材料では表面の欠陥が発光効率に大きな影響を与える。素子が小さくなるほど表面積と体積の比率が大きくなり、表面欠陥の影響が相対的に増大するため、発光効率が低下してしまう。

藤原教授の技術が革新的なのは、この問題を根本から解決している点だ。ユーロピウムをドープしたGaN材料では、発光メカニズムが従来とは全く異なる。ユーロピウム原子の4f殻内遷移(希土類元素のイオンで起こる光学的電子遷移。外部環境の影響を受けにくく発光スペクトルとして現れる。)によって赤色光が放出されるため、結晶の表面状態にほとんど影響されない。つまり、どれだけ微細化しても発光効率が変わらないのだ。

この新材料が持つ3つの決定的な優位性が、業界の常識を覆す。

  1. サイズに依存しない発光効率 …… 従来の赤色LED材料では、10マイクロメートル以下のサイズになると発光効率が劇的に劣化する問題があった。しかしIntraPhotonの技術では、5マイクロメートル、3マイクロメートル(8,000PPIに相当)というサイズまで微細化しても、赤色の発光効率が全く落ちない。この特性は、文部科学省傘下のJSTが提供するプログラム「ディープテック・スタートアップ国際展開プログラム(D-Global)」(3年間で3億円の助成により大学研究の事業化を橋渡しする政府支援)の支援を受けた研究開発で既に検証されている。

    D-Globalは、大学等の研究成果をもとにした起業や事業化を目指す研究開発プロジェクトを支援するプログラムだ。技術シーズの実用化に向けた「橋渡し研究」に特化しており、アカデミアの研究成果とビジネスの間のギャップを埋める役割を担っている。立命館大学は2024年4月からこのプログラムの支援を受けており、2027年3月までの3年間で、技術の実証と事業化準備を進めている。
  2. ウェハ面内・面間での波長の均一性の高さ …… 従来技術では、シリコンウェハ上でLED結晶を成長させる際、ウェハの中心部と外側で発光波長がばらついてしまい、製品として使用できない問題があった。また、同じ製造条件で作った複数のウェハ間でも波長が異なってしまうため、歩留まりが極めて悪かった。

    IntraPhotonの材料では、どこを取っても全く同じ波長で一切ブレることがない。これは、イントラセンター発光がユーロピウム原子の4f殻内遷移によって起こるため、外場の影響をほとんど受けないためだ。この均一性の高さは、量産時の歩留まり向上に直結し、コスト削減の重要な要素となる。
  3. 製造コストの劇的な削減 ……赤色も青色・緑色と同じガリウムナイトライド材料を使用するため、半導体ウェハ上に赤・青・緑の3色を積層し、そのまま数マイクロレベルの発光素子に微細加工できる。これにより、従来のように赤・青・緑の素子をバラバラに切って選別し、並べ直すという高コストな工程が一切不要になる。

    従来のマイクロLEDディスプレイ製造では、「マストランスファー」と呼ばれる工程が大きなボトルネックとなっていた。異なる材料で作られた赤・青・緑のLEDチップを、それぞれ数マイクロメートルという極小サイズに切り分け、良品を選別し、正確な位置に配置するという作業は、技術的に極めて困難で時間がかかり、コストも莫大になる。

    IntraPhotonの技術では、すべての色が同じGaN基板上に形成されるため、半導体の標準的なフォトリソグラフィー技術を使って、一括して微細加工できる。これは、半導体製造の成熟した技術をそのまま活用できることを意味し、量産化への道筋が明確だ。

藤原教授の研究は、実は10年以上前から続いている。当初から新種の赤色LEDの開発を目指していたが、AR/VRデバイスの需要が高まる中で、マイクロディスプレイへの応用可能性に気づいた。学術論文も複数発表されており、国際的な学会でも注目を集めていた。しかし、技術を実用化し、製品として市場に届けるには、ビジネスの専門家が必要だった。そこで本蔵氏との出会いが、IntraPhoton誕生のきっかけとなったのである。

半導体モデルでディスプレイ産業に挑む

Image credit: IntraPhoton

IntraPhotonのビジネスモデルは、従来のディスプレイ産業とは一線を画している。サムスンやLGといった韓国企業が採用してきた垂直統合型モデル――上流から下流まで完全統合し、莫大な設備投資で勝負する――ではなく、半導体業界のファブレス・ファウンドリーモデルを採用する。

日本企業がディスプレイ産業で苦戦してきた歴史は、よく知られている。かつてシャープ、ソニー、パナソニックなどがディスプレイ事業に巨額の投資を行ったが、韓国・中国企業との価格競争に敗れ、次々と撤退や縮小を余儀なくされた。その主な理由は、ディスプレイ産業が「装置産業」であり、大規模な工場への継続的な投資が必要だったためだ。サムスンやLGは、国の支援も受けながら、競合他社が追随できないレベルの設備投資を行い、規模の経済を実現した。

日本のディスプレイメーカーが負けた最大の理由は、設備投資競争に巻き込まれたことです。工場を建てて、次世代の工場を建てて、さらに大きな工場を建てて……という競争では、資本力で勝る韓国・中国企業に勝てません。だから私たちは、その土俵では戦わないと決めました。(本蔵氏)

しかし、IntraPhotonはこの土俵では戦わない。同社のアプローチは、むしろTSMC(台湾積体電路製造)、NVIDIA、ラピダスといった半導体企業のビジネスモデルに近い。

ディスプレイ業界の人から見ると、ディスプレイというのは、最初から最後まで全部、例えば、LGが全部やっています、サムスンが全部やっていますという垂直統合モデルなんです。半導体の考え方ではないんですよね。でも私たちがやっていることは完全に半導体なので、ラピダス、TSMCといった事業モデルに非常に近い話になっていきます。(本蔵氏)

具体的には、IntraPhotonはマイクロLED素子の設計と重要な製造プロセスに特化し、実際の製造は外部のパートナー企業に委託する。結晶成長装置メーカーとは装置の共同開発や最適化で協力し、台湾のファウンドリー企業には量産を委託する。バックプレーン(発光素子を駆動する回路基板)の開発は韓国企業と協力し、最終的なディスプレイ化と組み込みは顧客企業側で行う。

このアプローチにより、IntraPhotonは技術開発と知的財産の確保に経営資源を集中でき、巨額の設備投資を回避できる。また、半導体製造の大口径化(ウェハサイズの拡大)の恩恵も受けられる。現在は2インチのウェハで研究開発を進めているが、将来的には6インチ、さらには12インチへと大口径化することで、1枚のウェハから取れるディスプレイ数を飛躍的に増やし、単価を下げていく計画だ。

ウェハの大口径化がなぜコスト削減につながるのか。例えば、2インチ(直径約5センチ)のウェハと12インチ(直径約30センチ)のウェハを比較すると、面積は約36倍になる。一方、製造コストはウェハサイズによってそれほど大きく変わらない。なぜなら、結晶成長や微細加工のプロセスは、ウェハサイズに関係なくほぼ同じ時間、設備、材料費用で実行できるからだ。つまり、大口径化することで、ウェハ1枚あたりから取れる製品数が大幅に増え、製品1個あたりのコストが劇的に下がる。

現在は2インチウェハで研究開発していますが、量産時には12インチウェハを使います。面積が36倍になれば、大きく変わらない製造コストで36倍の製品が取れる。単純計算でコストが36分の1になるわけです。これが半導体モデルの威力です。(本蔵氏)

IntraPhotonのLED技術で製造可能となる「製品」は、2ミリメートル×1ミリメートル程度の極小ディスプレイだ。米粒よりも小さいサイズだが、この中に8,000PPI相当の高解像度が詰め込まれる。12インチウェハであれば、この極小ディスプレイが数千個も取れる計算になる。

半導体業界では、チップあたりのコストを下げるために2つのアプローチがある。1つはウェハの大口径化、もう1つはチップ自体の微細化だ。CPUやGPUの世界では、TSMCやサムスンが3ナノメートル、2ナノメートルといった極限の微細化技術を競っている。日本でも、Rapidus(ラピダス)が2ナノメートル世代の半導体製造を目指して北海道に工場を建設中だ。

IntraPhotonの場合、ディスプレイ素子の微細化は必要だが、CPUほど極限の微細化は要求されない。現在の半導体技術で十分に対応可能なマイクロメートル(1000ナノメートル)レベルで事足りる。これは大きなアドバンテージだ。最先端の微細化技術は開発コストも製造コストも莫大だが、IntraPhotonは成熟した技術を活用できるため、コストを抑えられる。

半導体の世界では2ナノ、3ナノという極限の微細化競争が繰り広げられていますが、私たちはマイクロメートルレベルで十分です。つまり、既に確立された成熟技術を使えるので、開発リスクもコストも大幅に抑えられるんです。(本蔵氏)

ターゲット市場は明確だ。市場調査会社の予測によれば、マイクロLEDを使ったAR/VRディスプレイ市場は2032年までに約5,000億円規模に成長するとされている。そのうちLED素子販売市場だけでも約750億円の規模がある。IntraPhotonは、この市場で技術的優位性を背景に大きなシェアを獲得することを目指す。

さらに将来的には、Apple Watchなどのウェアラブルデバイス、Teslaなどの車載ディスプレイ、さらには大型TVなど、より広範な用途への展開も視野に入れている。全体の市場規模は1兆円を超えるとも予測されている。

達成済みのマイルストーン

Photo credit: Fujiwara Lab, Research Organization of Science and Technology, Ritsumeikan University

IntraPhotonの技術開発は、驚くべきスピードで進展している。JSTのD-Globalプログラムは2024年4月に開始され、2027年3月までの3年間で、8,000PPIと20,000ニットの達成を目標としている。しかし2025年10月の時点——つまりプログラムの折り返し地点——で、既に8,000PPIは証明済みだ。

3マイクロメートルでも光りますというのは実証できていて、この20,000ニットという輝度のうち、10,000ニットぐらいまでは赤単色で実現しています。フルカラーで赤・青・緑3色を点灯すれば、だいたい3倍ぐらいの輝度になりますので、30,000ニットぐらい。つまりApple Vision Proの6倍の輝度を持っていて、解像度も2倍程度達成できているというのが現在地です。(本蔵氏)

3マイクロメートルというサイズは、8,000PPIに相当する。1インチ(2.54センチメートル)の中に8,000個のピクセルが並ぶということは、ピクセル間の距離が約3マイクロメートルということになる。人間の髪の毛の直径が約50~100マイクロメートルであることを考えると、その20分の1以下という驚異的な微細さだ。

輝度30,000ニットという数字も驚異的だ。一般的な室内照明の明るさは数百ルクス程度で、晴天時の屋外は10万ルクス程度。ディスプレイの輝度を示すニット(cd/m²)とは単位が異なるため直接比較はできないが、30,000ニットは非常に明るく、直射日光下でも視認できるレベルだ。Apple Vision Proの約5,000ニットでも業界トップクラスとされていることを考えると、6倍の30,000ニットがいかに革新的かがわかる。

立命館大学内にはクリーンルームを備えた「イントラフォトニクス・リサーチセンター」という専用R&D施設も設立されている。クリーンルームとは、空気中の塵や微粒子を極限まで除去した超清浄な製造環境のことで、半導体やディスプレイの製造には必須だ。数マイクロメートルという極小サイズの素子を扱う場合、わずかな塵でも製品の欠陥につながるため、厳格な管理が求められる。

このクリーンルーム設立には、立命館大学からの支援が重要な役割を果たした。同大学は事業化支援プログラム「RIMIX」を通じて、会社設立前の研究開発を支援している。RIMIXは、立命館大学の研究成果の社会実装を加速させることを目的とした支援制度で、研究室レベルでの事業化準備に必要な資金や設備を提供する。大学がスタートアップのために専用の研究施設を提供するケースは日本ではまだ珍しく、IntraPhotonと立命館大学の強いコミットメントを示している。

プロトタイプの開発も着実に進んでいる。既に赤色LEDをディスプレイとして駆動させ、立命館大学とIntraPhotonのロゴを表示するデモンストレーションにも成功している。これは、個々のLED素子が光るだけでなく、それらを制御して任意の画像を表示できることを示す重要なマイルストーンだ。

次のステップは、フルカラー(赤・青・緑)のデモ用ディスプレイの製作だ。赤・青・緑を積層したウェハは既に作製されており、発光も確認されている。これを実際のディスプレイとして駆動させるには、バックプレーン(駆動回路)との接合が必要になる。現時点では、国内企業の協力を得て制作しているが、将来は、この工程は、ヨーロッパや韓国の専門企業と協力して進められる予定だ。

技術面での進捗だけでなく、エコシステムの構築も並行して進められている。結晶成長装置メーカーとは、IntraPhotonの特殊な材料に最適化した装置改良を進めている。台湾のファウンドリー企業とは、量産に向けた初期議論を開始している。韓国のバックプレーンメーカーとも、IntraPhotonの素子仕様に合わせた回路設計について初期的な協議を開始した。

バイオ企業の場合は、製品があって優れた臨床データが揃えば、大手企業に買収されるという比較的シンプルな道筋があります。でも私たちの事業はそうではありません。装置メーカー、ファウンドリー、バックプレーンメーカー、最終製品メーカーなど、多くのプレーヤーが複雑に絡み合っているので、誰とどのタイミングで提携し、利益をどう分配するか、という事業開発の戦略設計が非常に難しいんです。(本蔵氏)

マイクロLED産業は、まだ成熟していない。各プレーヤーが手探りで技術開発とビジネスモデルの構築を進めている段階だ。だからこそ、早い段階で主要なプレーヤーとの関係を構築し、エコシステムの中心的な位置を占めることが重要になる。IntraPhotonは、技術的な優位性を梃子に、このポジショニングを進めている。

起業家とアカデミアの二人三脚

左から:IntraPhoton CEO の本蔵俊彦氏、CTOの藤原康文氏(立命館大学教授)
Photo credit: IntraPhoton

IntraPhoton誕生の背景には、本蔵俊彦氏と藤原康文教授の相応の準備期間がある。両者の出会いは2022年、大阪大学の産学連携部門からの紹介だった。

本蔵氏のキャリアは、東京大学での研究者としてスタートした。当時、ヒトゲノムプロジェクトの国際競争が激化していた時期で、アメリカのスタートアップ企業Celera Genomicsが、世界中の研究機関が何十年もかけて取り組んでいたヒトゲノム解読を、わずか数年で追い抜こうとしていた。本蔵氏はこの競争を目の当たりにし、スタートアップの可能性に強い関心を持った。

その後、研究者としてのキャリアよりも、サイエンスとビジネスの橋渡しに自分の適性があると感じた本蔵氏は、証券アナリストに転身。当時、日本でバイオベンチャーが相次いで上場した時期で、アンジェスやオンコセラピー・サイエンスといった企業を担当した。その後、McKinseyで経営コンサルティング業務を経て、産業革新機構(現・産業革新投資機構)でスタートアップ投資を経験。そして2013年、自ら大阪大学発のスタートアップQuantum Biosystemsを創業した。

2013年に前回起業した時は、グローバル展開を目指す日本のスタートアップへの支援体制も整っていませんでした。私たちは当時から世界市場を目指していたので、大型資金調達後は、大阪大学発の技術をシリコンバレーに持ち込み、現地で組織をつくって活動を開始しました。アメリカの半導体大手と提携して技術開発を進めましたが、最終的には商業化に至らず、2021年に事業成果の一部、および知的財産権をアメリカの大手事業会社へ譲渡した後、会社を解散しました。しかしこの経験が、グローバル展開における重要な学びとなりました。(本蔵氏)

この経験は、本蔵氏に重要な学びをもたらした。グローバル展開では技術的に優れているだけでは不十分で、事業としての持続可能性、市場でのポジショニング、適切なビジネスモデルの設計、そしてそれを可能にする多様性に富んだ組織が不可欠だということだ。

事業譲渡後、本蔵氏はi-nest Capitalのパートナーとして、日本のディープテックスタートアップのグローバル展開を支援する側に回った。アメリカのテキサス州オースティンに居住しながら、日本企業がアメリカ市場に進出する際のあらゆる支援――ビザ取得、特許出願、オフィス設立、人材採用、現地企業との提携――を提供してきた。

2022年、本蔵氏は、i-nest Capitalの業務で日本へ帰国中に大阪大学の産学連携部門から、当時大阪大学の藤原康文教授を紹介された。本蔵氏の前回のスタートアップが阪大発だったこともあり、阪大の産学連携担当者とは継続的に交流があった。藤原教授は既にスタートアップ設立を希望していたが、どのような方向性で事業化すべきか明確なビジョンが固まっていなかった。事業会社やVCにもアプローチしていたが、技術の真価を活かせる方向性が見出せていなかった。

藤原先生に提案しました。会社を設立したいなら、設立自体は誰でもできます。スタートアップができたという発表だけが目的なら、それは簡単です。でも、本当にこの発明の価値を最大化したいのであれば、話は違います。非常に大きな市場がありますし、この技術は最初からグローバルに展開しなければいけない。

ただ当時は、私自身もAR/VR市場についてそこまで深い知識があったわけではありません。ですから、私個人の活動としてできる範囲ではありますが、グローバルに大きくなることだけを考えて、事業の可能性を探っていきませんか、という提案をしました。(本蔵氏)

そこから、本蔵氏と藤原教授は二人三脚で事業計画を練り上げていった。国際学会に参加し、グローバルのプレーヤーと交流し、潜在顧客となるAR/VRデバイスメーカーとの初期的な対話も開始した。そして、藤原教授はJSTのD-Globalプログラムに応募し、本蔵氏のアドバイスや支援機関の紹介をもとに、採択を勝ち取った。

採択に重要な役割を担った、支援機関のBeyond Next Ventures代表の伊藤氏は、本蔵氏の前回のスタートアップQuantum Biosystemsの最初の投資家でもあった。

IntraPhotonのアドバイザリーボードには、業界のトップクラスの専門家が名を連ねている。河西秀典氏は、シャープで量子ドット(QD)という色変換技術を使ったマイクロディスプレイ事業を率いていた。中村孝夫氏は、住友電気工業でエピウェハ製造販売事業をリードし、同事業で豊富な経験を持つ。

IntraPhotonのグローバル戦略は、単に製品を輸出するというレベルではない。製造エコシステムそのものをグローバルに構築する戦略だ。結晶成長は日本または台湾、ウェハ加工は台湾のファウンドリー、バックプレーンは韓国、最終組み立ては顧客企業(主にアメリカ)という、国際分業体制を前提としている。

さらに、アメリカの製造業国内回帰政策も、IntraPhotonにとってチャンスとなる可能性がある。バイデン政権下で成立したCHIPSプラス法(CHIPS and Science Act)は、半導体製造のアメリカ国内への誘致を強力に推進している。TSMCはアリゾナ州に大規模工場を建設中で、サムスンもテキサス州での工場拡張を進めている。

アメリカでは製造業の国内回帰が進んでいます。アリゾナ、フェニックス、テキサスといった地域に半導体やディスプレイの工場を誘致する動きが活発化しています。韓国では、マイクロLED領域に特化して数百億の助成がされています。残念ながら日本国内にはディスプレイやLED領域ではそうした動きがほとんどないため、私たちは最初から海外で製造エコシステムを構築していくことが必須です。

こうしたグローバルな製造コミュニティに入っていくという意味でも、メディアを通じて継続的に情報発信することが重要だと考えています。技術開発の進捗、企業との提携、マイルストーンの達成など、定期的に発信することで、業界内でのプレゼンスを高めていきたいと思っています。(本蔵氏)

IntraPhotonは、製造拠点がアメリカ国内にできれば、そこでの生産も視野に入れている。顧客であるApple、Meta、Googleなどのアメリカ企業にとって、サプライチェーンの安全保障は重要な考慮事項であり、アメリカ国内での製造能力は大きなアドバンテージとなる。

2027年以降の飛躍に向けて

「1stRound Meetup Night」でピッチする代表取締役の本蔵俊彦氏
Photo credit: Growthstock Pulse

IntraPhotonの資金調達戦略は、慎重かつ戦略的に設計されている。現在は複数の助成金・支援プログラムを組み合わせて、会社設立と初期研究開発を進めている。

中核となるのは、JSTのD-Globalプログラム(3年間で3億円を提供)だ。これは研究開発に特化した助成金で、技術の実証とプロトタイプ開発に充てられる。2024年4月から2027年3月までの期間で、8,000PPIと20,000ニットの達成、そしてフルカラーのプロトタイプ開発を目指している。

D-Globalは研究開発資金に限定されており、会社設立費用、初期の人件費、マーケティング費用などには使えない。この隙間を埋めるのが、東大IPCの1stRoundプログラム(最大500万円)と、立命館大学のRIMIXプログラムだ。

IntraPhotonは本格的なシードラウンドを2027年4月、つまりD-Global終了直後に設定している。シードラウンドでは、3~5億円の調達を想定している。さらに、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)などの助成金プログラムへの応募も計画している。

2027年から2029年にかけては、プロトタイプのブラッシュアップと、初期顧客との具体的な協議を進める期間になるだろう。この時期に、Apple、Meta、Googleといったターゲット顧客企業との本格的な商談が始まる見込みだ。既に初期的な対話は始まっており、技術的な可能性について高い関心を示されているという。

2029年には初期製品の市場投入を予定している。これは「第1世代」の製品で、解像度や輝度は現行のAR/VRデバイスを上回るものの、最終的な目標スペックには達していない。しかし、特定の用途やアーリーアダプター向けには十分な性能を持つ。

そして2030年代前半には「第2世代」製品を投入する計画だ。この段階で、真に「現実と区別がつかない」レベルの性能を達成し、GAFAMのいずれかの企業のメインストリーム製品に採用されることを目指している。

第2世代の製品が出て、GAFAMの1社にでも採用される前提ではありますが、約160億円ぐらいの売上、営業利益としては56億ぐらいを見込んでいます。スタートアップの評価をPERで50倍とした時の時価総額は1,600億円ぐらいになります。ただ、これは非常に保守的な数字で、上場も日本に限らずNASDAQという選択肢もあります。数千億円規模の上場を目指しています。(本蔵氏)

マイクロLEDディスプレイ市場は急成長が予測されており、技術的ブレークスルーを実現した企業が市場を独占する可能性がある。半導体業界を見れば、NVIDIAがAI用GPUで市場を席巻し、時価総額が数兆ドルに達した例がある。IntraPhotonが目指す数千億円という規模は、グローバル市場で成功すれば十分に実現可能な数字だ。

2027年に予定している資金調達までの時期は顧客開拓とパートナーシップ構築に注力する期間でもある。グローバルの学会やカンファレンスに参加し、IntraPhotonの技術を発信する。潜在顧客やパートナー企業との対話を深める。メディアを通じて認知度を高める。これらの活動が、2027年以降の本格的な事業拡大の基盤となる。

IntraPhotonが目指す「現実と区別がつかないディスプレイ」が実現すれば、それは単なるガジェットの進化ではない。2023年のMcKinsey & Companyの技術トレンド調査では、世界の労働人口の約80%を占める「デスクレスワーカー(deskless workers)」――つまり机に向かわない労働者――が、今後AR/VR技術の最大の採用者になると予測されている。これらは、農業、建設、ヘルスケア、教育、製造、輸送、小売、ホスピタリティといった産業で働く人々だ。すでに63%の企業が、トレーニング目的でイマーシブ技術を導入しているという。

これらの産業では、従来、情報端末から離れた場所で働く人々が大半を占めており、リアルタイムで必要な情報にアクセスすることが困難だった。しかし、超高精細で軽量なAR/VRデバイスが実現すれば、農場で作物の状態を即座に診断したり、建設現場で設計図を3Dで確認したり、医療現場で患者情報を瞬時に参照したりすることが可能になる。

オフィスでデスクに向かって仕事をしている人は、さまざまな情報を得ながら働けます。でも実際は、農業も建設もヘルスケアも教育も、情報端末なしで仕事をしている方が非常に多い。そこに目の前でリアルな情報が瞬時に現れ、しかもそれが現実と区別できないレベルになれば、仕事の仕方やコミュニケーションの仕方を大きく変える、非常に大きなインパクトがある産業になります。(本蔵氏)

生成AIとの組み合わせも、大きな可能性を秘めている。目の前に必要な情報が瞬時に表示され、AIがリアルタイムでアドバイスを提供する。専門知識を持たない人でも、専門家レベルの判断ができるようになる。IntraPhotonが製造する2ミリメートル×1ミリメートルという極小ディスプレイは、メガネに限らず、あらゆるデバイスに組み込むことができる。それを拡大表示する光学系と組み合わせることで、さまざまな用途に展開できる。

我々は赤色の小さなマイクロLEDから始まっていますが、日本発で圧倒的に大きくなるスタートアップを目指しています。(本蔵氏)

2025年10月6日、滋賀で生まれたスタートアップ。日本発の技術が、真にグローバルな成功を収める瞬間が、数年後に訪れるかもしれない。

Growthstock Pulse