中国出身の起業家が仕掛けるアニメ界変革、AI Mage張鑫氏が語る「オタクAI」の可能性


世界中に蒔かれたアニメの種は、今や大きな花を咲かせ、人々を魅了する日本独自の文化へと成長した。しかし、その華やかな舞台を支える制作現場は、過酷な労働環境と急速な技術革新という大きな課題に直面している。近年の画像生成AI技術の急速な発展により、アニメ業界はかつてない変革期を迎えているが、同時に新たな可能性も生まれている。

この激流の時代に、独自のアプローチでアニメ業界の変革を目指すスタートアップがある。AI Mageは、アニメ制作現場のデータ管理を効率化するAI(人工知能)ソリューションなどを開発・提供する2024年創業のスタートアップだ。同社CEOのXin Zhang(張鑫)氏(上の写真)は、14歳で中国から来日し、プロ棋士を目指していたという異色の経歴を持つ。

AIが将棋名人に勝利した2017年が転機となり、2019年にZhang氏は松尾研究室でAI研究に転身し、2024年3月に博士号を取得。その後、日本の強みであるアニメ業界に着目し、現場の課題解決を通じてアニメIPの価値最大化を目指している。2024年12月にはエンジェルラウンドで1,300万円、2025年にはシードラウンドでジェネシア・ベンチャーズ、Plug and Play Japan、Headline Japanから計1.7億円の資金調達を実施。同社が描く、アニメ業界変革のビジョンに迫った。

14歳で来日、将棋からAIへの劇的転身

中国・上海で生まれ育ったZhang氏の人生は、7歳の時の将棋との出会いから始まった。小学校の日本文化を学ぶ授業で将棋に触れた彼は、漢字が使われている独特な形状に親しみを感じ、すぐに魅力に取りつかれた。

中国の上海で小学校に入った時に、たまたま日本の文化を学ぶ講義があって、その中で将棋があったんです。中国には象棋(シャンチー:中国将棋)とかチェスとかいろんなものがある中で、やっぱり日本の将棋は独特な形で漢字が書いてあったりするので、自分たち中国の文化に近いという意味でも興味を持って、それが将棋との出会いでした。(Zhang氏)

7歳から14歳までの7年間、Zhang氏は上海で将棋に没頭し続けた。中国での大会では優勝を重ねたが、プロ棋士制度がない中国では将来への道筋が見えなかった。そんな時、師匠の先生が日本のプロ棋士と知り合いであったことから、運命が大きく変わる。14歳のZhang氏は、2010年8月の奨励会(日本将棋連盟が運営するプロ棋士の養成機関)試験に合格し、2011年3月11日の東日本大震災直前、外国在住者として初の奨励会員として来日した。

日本に来てから、将棋の厳しさを痛感しました。中国では強かったのに、日本では全然通用しない。言語の壁もありましたし、将棋そのもののレベルが想像以上に高かった。でも、それでも諦めずに続けていたんです。(Zhang氏)

その後2017年まで、プロ棋士を目指して奨励会を続けたが、日本の将棋の世界は想像以上に厳しく、中国で強かった彼も苦戦を強いられた。言語の壁に加えて、日本独特の将棋文化への適応にも時間がかかった。しかし、この困難な体験が後の彼の人生観を形成することになる。

そして2017年、将棋界に衝撃が走る。AI(人工知能)が将棋名人に勝利したのだ。この出来事は、Zhang氏の人生を根底から変えることになる。

当時すごくショックを受けたんですけど、中国で将棋がいくら強くても日本に来て全然だめだったんです。でも、もっとショックを受けたのが将棋AIが2017年に名人に勝利したことでした。ずっと将棋をやってきた人間として、それがAIに負けてしまって。日本に来たのは将棋を目指すためだけだったのに、この先どうなっていくんだろうと悩むきっかけになりました。(Zhang氏)

20歳で将棋奨励会を辞めたZhang氏は、「敵を知る」という意味でAIの勉強を始めることを決意。当時調べた結果、東京大学の松尾豊教授の研究室が最も有名だったため、2019年にこの研究室に入った。これが彼の第二の人生の始まりだった。

アニメ業界への着目と現場調査で見えた課題

参考図検索エンジン
Image credit: AI Mage

松尾研での研究を通じて、Zhang氏は画像生成AIの可能性を早い段階から認識していた。2022年後半に画像生成AIが登場した際、これが社会を大きく変えると直感した彼は、日本でやるならアニメが外せないと考え、アニメ業界の現場調査を開始した。

日本の強みである独特なものがアニメです。そこの現場はどうなってるんだろうというのが気になって、実は当時学生だったんですけど、もう数十社のスタジオさんにメールでアポを取って訪問しに行きました。(Zhang氏)

この現場調査では、大手から中小まで幅広いスタジオを訪問した。最初は学生身分での訪問に戸惑うスタジオも多かったが、Zhang氏の真剣な姿勢と具体的な質問に、多くの現場担当者が時間を割いて話を聞かせてくれた。そこで見えてきたのは、外からは華やかに見えるアニメ業界の複雑な現実だった。

制作現場では、本当に優秀なクリエイターの方々が情熱を持って働いているんですが、同時に構造的な課題も多く見えました。特に、データの管理や検索、そして監修作業の効率化は深刻な課題となっていました。(Zhang氏)

この現場調査でZhang氏が発見したのは、AI技術が勝手に進むと業界にネガティブなインパクトを与えてしまう可能性だった。しかし、クリエイターがこの技術をうまく活用できれば、将棋界と同様の発展が期待できるという確信も得た。

将棋界の経験と重ね合わせると、2017年に名人がAIに敗れたんですけど、今考えると、名人がAIを活用して強くなっている現状を見ると、アニメ業界もいずれ、そうなるんだろうなと思います。ただ、AI導入の初期の3年間はすごく難しい時期だと思うんです。どの立場の人にとっても結構難しい。そこを一緒に乗り越えていかないといけない。(Zhang氏)

Zhang氏は、将棋界での経験をアニメ業界にも当てはめて考えていた。AI技術の導入初期には混乱が生じるが、最終的にはクリエイターがAIを活用することで、より高いレベルの創作が可能になると予想していた。

個人的な体感としては、留学生の8割方はアニメが好きで、アニメを見て日本を知って日本に来ています。特に東京大学の博士課程や修士課程で学ぶAI研究者の多くがアニメファンです。(Zhang氏)

アニメが大好きで日本に来ている優秀なエンジニアが集まることで、技術的な専門性とアニメへの深い理解を兼ね備えた組織となり、業界のニーズを的確に捉えたサービス開発が可能になっている。

アニメIPビジネスの構造的課題と「監修」ボトルネック

Zhang氏が着目したのは、アニメ業界特有のビジネス構造だった。アニメ業界の収益構造は一般的な映像コンテンツとは大きく異なる。日本動画協会の調査によると、2024年のアニメ産業市場は3兆8,407億円(前年比114.8%増)に達し、過去最高値を更新した。特に海外市場は2兆1,702億円(前年比126.0%増)と、国内市場の1兆6,705億円を大きく上回る成長を遂げており、グローバル展開の重要性が一層高まっている。

アニメでは商品化やゲーム化、グッズなどのライセンシングが大きな収益源となっています。これがアニメ業界の独特なところです。(Zhang氏)

この実在しないキャラクターを使ったビジネスが、アニメ業界の大きな特徴だが、同時に課題も生み出している。物語の世界観やキャラクターの性格は実在しないため、理解には専門的な知識が必要だ。さらに、アニメファンのキャラクターに対する愛着は非常に深く、少しでも設定と異なる表現があると強い反発を招く可能性がある。

例えば、人気作品のキャラクターを使ってコラボする際、そのキャラクターの性格や世界観に合わない表情や設定で描かれていると、ファンから強い反発を招く可能性があります。また、作品の中には世界展開する上で中立的な立場を大事にしている作品もあり、軍事的なシーンや政治的な文脈で使用されると問題になるケースもあります。こうした作品ごとの特性を深く理解しないと回らないビジネスなんです。(Zhang氏)

この問題が最も顕著に現れるのが「監修」作業だ。原作に合っているかどうかの監修作業が、あらゆる場面でボトルネックとなっている。コラボレーション企画、グッズ制作、海外展開など、すべての場面で専門的な知識を持つ人材による確認が必要だが、そのような人材は限られており、時間もコストもかかる。

監修作業の複雑さは、単純なキャラクターの見た目だけでなく、そのキャラクターが置かれた状況、表情、他のキャラクターとの関係性まで多岐にわたる。例えば、あるキャラクターが特定の状況で見せるべき表情や、別のキャラクターと一緒にいる時の立ち位置まで、細かく設定されていることが多い。

その結果、本当は世界中で展開できるポテンシャルがあるのに、限られた地域・人材を使っての展開しかできていない作品が数多く存在します。流行の最前線にいるIPだったら、時間やリソースをかけてでも監修するんですけれど、そうではないIPの場合、リソースをかけられないわけです。(Zhang氏)

この課題を解決するため、Zhang氏は「AIのオタク」を作ることを発想した。人間のオタクが持つ深い作品理解をAIで再現できれば、監修作業の効率化だけでなく、これまでリソースの制約でできなかった小規模なIP活用も可能になると考えた。

「オタクAI」による監修システム

Image credit: AI Mage

AI Mageが開発している核心技術は、アニメ作品を深く理解できるAIだ。Zhang氏はこれを「AIのオタク」と表現する。

結局、その物語を理解して、キャラクターを理解できるかどうかが重要なんです。そして、それを理解できるのが誰かというと、オタクなんです。でも、さすがにオタクが世界中にいて監修してくれるわけじゃないので、その代わりをAIでやろうという発想です。(Zhang氏)

AI Mageが開発するソリューションは、アニメ制作・活用の現場における具体的な課題を解決する実用的な機能を備えている。まず、動画検索機能では、従来のウェブ検索と同様に自然言語を用いて原作動画を検索し、欲しいカットを抽出できる。

例えば、「主人公の名前」を入力すると、長い作品の中から該当する場面だけをピックアップする。これにより、「このキャラクターでグッズを作ってください」「この表情を参考にしてください」「この話数の設定と違うから修正してください」といった具体的な指示が可能になる。

さらに高度な検索も可能だ。「主人公が怒っている場面」「特定のキャラクターと一緒にいる場面」「戦闘中の決め顔」といった、より具体的な状況や感情を含んだ検索にも対応している。これは従来のメタデータベースの検索では不可能だった機能だ。

現在の制作現場では、20分のアニメが何十話もある中から必要な場面を探すため、「あのシーンはどこだったっけ?」と動画を手動で探す作業が発生している。これを技術により大幅に効率化するのが同社の狙いだ。見つかったカットはURLで関係者に共有することも可能で、画像をアップロードすることで類似のカットを検索することもできる。

監修業務の統一化では、従来パワーポイントで行われていたチェック作業をシステム化している。ライセンサーからメールや共有フォルダで提出されたスライドやスプレッドシートなどの監修ファイルをまとめてシステムに取り込み、監修担当者に割り当てられる。さまざまな形式で提出された素材の回収進捗を一元管理することが可能だ。

監修作業では、例えばコラボレーションした時の絵が提出されると、キャラクターの顔が映っているか、表情は正しいか、デザインの細部は適切かなどをチェックする。さらに、イラスト全体に対して適切かどうかの判断も行う。

特にグローバル展開においては、文化的配慮が不可欠だ。例えば、中国や韓国では日本の軍国主義を想起させるデザインはNGとなるケースがあり、中東では宗教上の理由から特定の食べ物や行動の描写に配慮が必要になる。

厳密なルール違反ではないけど、「この構図だとちょっと宗教的な印象を与えるかもしれません」とか「このキャラクターの特性を踏まえるとこの場面でこの表情は違和感があります」といった感覚的な判断も、AIが人間の監修した結果を学習して出すことが可能になります。(Zhang氏)

Zhang氏の説明によると、このような感覚的な判断こそが「オタクなら分かる」領域であり、AIがこれを再現することで監修業務の大幅な効率化が実現できるという。システムは学習を重ねることで、より細かな判断基準も身につけていく。

グローバル展開を見据えた戦略的ビジョンと事業モデル

AI Mageの技術革新が真価を発揮するのは、海外展開の局面だ。Zhang氏は将来的な海外展開を強く意識しており、特に中国市場での活用を想定している。中国はアニメの消費市場として急成長しており、日本のアニメIPに対する需要も高い。しかし、言語の壁や文化的な違いが、スムーズなライセンシングの障壁となっている。

例えば中国のメーカーさんが日本のアニメ作品とコラボレーションしたい時には、中国語で相談したいんです。「当社のお客様は、こんな感じの20代の若い女性が多いんですが、この作品とコラボするんだったら、どのキャラクターをどう使うのがいいですか?」といった相談がしたい。作品を理解しているオタクがいれば、現地のSNSやECのトレンドも踏まえてどんどんおすすめしてくれます。そういうのをAIで実現したい。(Zhang氏)

この構想では、多言語対応のAIが企業の商品のターゲットセグメントに合致するアニメ作品を探したり、コラボ企画を立案したりするような使い方が想定されている。AIは単純な翻訳を超えて、文化的なニュアンスや市場の特性も理解した提案を行うことを目指している。

例えば、中国市場では特定のキャラクターの人気が日本とは異なる場合がある。また、商品カテゴリーによっても好まれるキャラクターや表現が変わる。こうした市場特有の傾向をAIが学習し、最適なマッチングを提案できるようになることが構想されている。

ライセンスやエージェント業務において、許諾申請から契約監修時のセルフチェック、さらにはプロモーション素材の作成まで、プラットフォーム上でワンストップで行えるようになることを目指している。これにより、従来は複雑で時間のかかっていた国際的なIPライセンシングが、大幅に効率化される。

AI Mageの現在の収益モデルは、監修部署を持つ企業からのSaaS収益を基本としている。直近は監修システムや検索エンジンによる業務効率化で価値を提供し、将来的な成長に向けてはライセンス事業にも入り込んでいくことで、より大きな市場機会を捉えていく構想だ。

同社の顧客ターゲットは多岐にわたる。IPの監修を行う権利会社、権利を購入したが使い切れない広告代理店、さらには元のIPホルダーまで、アニメIPに関わる、さまざまなプレイヤーが対象となる。

大手広告代理店が、アニメIPの権利を購入したものの、十分に活用しきれずにいるケースを耳にします。権利を買った以上、積極的にライセンシング展開を進める必要があるのですが、そのためには監修の専門家が必要で、結局そこがボトルネックになってしまっているんです。(Zhang氏)

このような現状を踏まえ、AI Mageは監修業務の効率化を通じて、IPの価値最大化に貢献することを目指している。権利を持っているが活用しきれていない「眠れる資産」を、AIの力で蘇らせることが可能になる。

AI Mageの技術開発において、最も重要な要素の一つが「データの質」だ。一般的な画像認識AIとは異なり、アニメのキャラクターや世界観を理解するには、単純な画像データだけでは不十分だ。キャラクターの設定資料、ストーリーの背景、制作意図なども含めた包括的なデータセットが必要になる。

こうした公式データへのアクセスは、IPホルダーとの正式なパートナーシップがあってこそ実現できるものだ。海外の生成AI企業が無許可でアニメデータを使用している中、AI MageはIPホルダーと連携することで、正当な方法で高品質なデータを取得し、真に作品を理解するAIを提供している。

技術的には、マルチモーダルなAIシステムを構築しています。画像だけでなく、テキスト、音声、さらには制作者の意図や背景情報まで統合的に学習させることで、真の意味でのアニメ理解を実現しようとしています。(Zhang氏)

同社のアプローチは、既存の汎用AIモデルをファインチューニングするだけでなく、アニメ業界特有のニーズに特化したアーキテクチャを一から設計している点が特徴的だ。これにより、他の汎用AIでは捉えられない微細な表現の違いや、文脈に依存するキャラクターの感情表現なども正確に判断できるようになる。

開発プロセスでは、現場の制作者や監修担当者との密接な連携を重視している。技術者だけでは気づけない業界特有の慣習や暗黙の了解なども、システムに組み込んでいく必要があるためだ。

例えば、あるキャラクターが特定の状況で見せる表情には、ファンの間では「お約束」として認知されているパターンがあります。こうした文化的なコードをAIに学習させることで、単なる技術的な正確性を超えた、ファンに愛される判断ができるようになります。(Zhang氏)

業界変革への長期的ビジョンと組織構築

AI Mageの皆さん
Photo credit: AI Mage

Zhang氏が描く最終的なビジョンは、単なる監修業務の効率化を超えた、アニメ業界全体の変革だ。彼が特に重視しているのは、制作現場への利益還元の仕組み作りである。

イメージとして、本当に作品が分かるAIを作るのに必要なものが2つで、一つが作品のデータ、もう一つがAIが出力したものに対してそれが正しいかどうかをチェックする作業なんです。これが本当にできるのは、例えば、監督のような現場の人しかいないと思うんです。(Zhang氏)

このような認識から、AI Mageでは現場がサービスを導入するハードルはできるだけ小さくする方針を取っている。現場の協力により作品毎のAIの理解度を向上し、そのAIを活用してIPホルダーのビジネス拡大に伴走する。そのサイクルを回すことで、現場が安価で良質なサービスを使えるようになり、同時に同社のビジネスも成長する仕組みを構築している。

この「現場ファースト」のアプローチは、多くのテック企業が陥りがちな「技術先行」の罠を避けるための戦略的な選択でもある。アニメ業界の複雑な構造と文化を理解せずに技術を押し付けても、結果的に業界から受け入れられない可能性が高い。

制作現場の方々は、本当にプライドを持って仕事をされています。その専門性を軽視するようなツールでは、絶対に使ってもらえません。だからこそ、現場の知見を最大限尊重し、それを技術で増幅するというスタンスを取っています。(Zhang氏)

この「現場ファースト」のアプローチは、AI技術をめぐる国際競争の文脈でも重要な意味を持つ。

一方で、海外の生成AI企業は、アニメのデータを使ってモデルを作って、勝手に活用してるんです。ライセンス的にはダメなのにやってしまっている。それを見ると、なぜ日本の公式なものでそれを提供できないのか、もったいないと思いました。

今後、AIで生成されたアニメ関連の画像や動画が大量に世に送り出されるようになると、1枚の画の監修でも大変なのに、AIが1秒に1枚出力するようになれば、どうやって監修するのかという問題になります。

監修の作業が間に合わない。現在のシステムでは絶対に監修できない。だから、その監修を私たちのAIが行うか、そもそもAIで監修済みの画像や動画を生成するかという世界も見据え、監修システムの構築に取り組んでいるところです。(Zhang氏)

AI Mageは2024年12月にエンジェルラウンドで1,300万円を調達した。2025年にはジェネシア・ベンチャーズ、Plug and Play Japan、Headline Japanを引受先とするシードラウンドで1.7億円の資金調達を実施した。組織構築においては、急激な拡大よりも、質の高いメンバーを厳選する慎重なアプローチをとっている。

組織面では、代表1人での創業から、2025年11月現在までに業務委託やインターンを含めて20名弱の規模へと成長し、業界トップクラスの専門家が参画している。事業開発を担当するメンバーはZhang氏の高校生時代のメンターで、長年にわたり関係を維持してきた。

技術開発面では、Stability AIやDeepMindで最先端AI開発に携わっていた専門家などがアドバイザーとして支援している。通常は獲得困難な優秀な人材も、アニメへの情熱を共有することで、正社員としての採用やアドバイザーとしての協力を得ることができているという。

現在、同社では2種類の人材を積極的に募集している。一つは10年程度の経験を持つシニアプロダクト開発者。もう一つは、ジュニアレベルでもアニメが大好きで生成AIに触れている人材だ。

アニメ業界でのAI活用には、技術的な課題だけでなく、法的・倫理的な問題も付きまとう。特に知的財産権の問題は複雑で、現在の法制度では十分にカバーできていない領域も多い。Zhang氏は、この問題に対して業界との密接な対話を通じて解決策を模索している。単に技術を押し付けるのではなく、権利者の意向を最大限尊重しながら、win-winの関係を構築することを重視している。

知的財産権の仕組みは非常に複雑で、我々のシステムで作品データを活用しようとする際にも、外から見ているだけではどこまでの使い方がOKでどこからがNGなのかが非常にわかりづらいんです。だからこそ、生成AIが活用されている多くの場面が、実際にはグレーゾーンになっているように思います。(Zhang氏)

そこで、AI Mageでは独自のアプローチを採用している。IPホルダーとの直接的なパートナーシップを構築し、データの利用方法に関して正式な承認を得た上でAIを活用することを重視している。

将来的に、IPホルダーが自社で公式なAIを構築すれば、無許可でアニメデータを使用している海外のAI企業に対して優位に立てるはずです。ただし、IPホルダーがAI事業に参入するには、まず監修体制の確立が前提条件になると考えています。適切な監修システムが整備できれば、そこから新しいビジネスの可能性が広がるのではないでしょうか。(Zhang氏)

Zhang氏は、民間版の「アニメ版JASRAC」のような存在を目指していることを示唆している。正式なライセンスを通じたコンテンツ流通を促進することで、海賊版を駆逐し、正当な利益をIPホルダーに還元するエコシステムの構築だ。

技術面でも、単純な模倣ではなく、オリジナルIPの価値を高めるようなAI活用を重視している。例えば、既存のキャラクターをそのまま再現するのではなく、そのキャラクターの「らしさ」を保ちながら新しい表現を創造するような技術の開発も見据えている。

AI画像生成の分野では、すでに多くの企業が参入している。しかし、Zhang氏は汎用的な画像生成AIとは明確に異なる価値提案を行っている。

一般的な画像生成AIは、「それっぽい」画像を作ることはできますが、そのキャラクターが本当にファンに愛されるかどうかは別問題です。私たちが最終的に目指しているのは、単なる見た目の再現ではなく、キャラクターの魂を理解したAIです。(Zhang氏)

この差別化は技術的なアプローチにも現れている。多くの競合が量的な拡張(より多くのデータ、より大きなモデル)を追求する中、AI Mageは質的な深化(より深い理解、より精密な判断)を重視している。

また、ビジネスモデルの面でも独自性を持っている。多くのAI企業がB2C(消費者向け)サービスに注力する中、同社はB2B(企業向け)、特にアニメ業界の構造的課題解決に特化している。これにより、より持続的で安定した収益基盤の構築を目指している。

海外展開においても、単純な技術輸出ではなく、各国の文化的特性を理解したローカライゼーションを重視している。中国市場では中国特有のアニメ文化や消費者嗜好を学習し、東南アジア市場では現地のコンテンツ産業との連携を図るなど、市場ごとに異なるアプローチを採用する計画だ。

未来への展望——「オタクAI」が創る新時代

Zhang氏は現在の課題について率直に語る。

アニメだと最近、中国やアメリカとかもみんなアニメに参入していて、かつAIも使うから、これ日本国内だけで何か抵抗してたら、多分、遅れてしまうという危機感も持っいてます。(Zhang氏)

この危機感が、同社の海外展開戦略を加速させている。日本の強みであるアニメIPを活用しながら、グローバル市場での競争に勝ち抜くための基盤技術として、AIの開発を進めている。

中長期的な展望として、Zhang氏は「AI Mageが業界のインフラになる」ことを目指している。単一の企業としての成功を超えて、アニメ業界全体のデジタルトランスフォーメーションを牽引し、日本のソフトパワーの源泉であるアニメ文化を次世代に継承していく役割を担いたいと考えている。

最終的には、世界中のクリエイターがAI Mageのプラットフォーム上で新しい価値を創造し、ファンがより豊かなエンターテインメント体験を得られるようなエコシステムを構築したいと思っています。技術は手段であり、目的は人々の創造性と幸福の拡大です。(Zhang氏)

この取り組みは、日本のアニメ業界が世界的な競争において優位性を維持するための重要な基盤技術となる可能性を秘めている。AI技術の民主化が進む中で、日本独自の文化的価値とテクノロジーを融合させた新しいビジネスモデルの創出が期待されている。

14歳で将棋のプロを夢見て来日した青年は、今やAIを武器に日本のエンタメ産業の未来を描いている。将棋AIに敗北した経験を糧に、今度は「敗れた側」の視点から業界を支援する——そんなZhang氏の挑戦が、日本のアニメ産業にどのような変革をもたらすのか。技術と文化、そしてビジネスが交差する最前線で、新たなエンタメの形が生まれようとしている。

彼のビジョンが実現すれば、アニメ業界は単なるコンテンツ産業を超えて、AIとクリエイティビティが融合した新しい文化創造の場となるかもしれない。そして、その変革の中心には、将棋で挫折を味わった一人の中国人青年の、日本への深い愛情と技術への情熱があるのだ。

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