
AI(人工知能)とブロックチェーン技術の融合が新たな局面を迎える中、分散型AI OS(Decentralized AI Operating System)という革新的なコンセプトが注目を集めている。従来の中央集権型AIシステムが抱える透明性や検証可能性の課題に対し、ブロックチェーンの分散化技術を活用することで、よりオープンで信頼性の高いAIエコシステムの構築を目指す動きだ。
この分野で先駆的な取り組みを進めているのが、世界初の分散型AI OSの開発を目指す0G Labsだ。同社は、AIのトレーニングデータの出所からモデルの推論プロセスまで、AIのライフサイクル全体を透明化し、検証可能にするインフラ構築に取り組む。特に、社会インフラレベルでAIが活用される際の安全性を確保するため、分散型アプローチの重要性が高まっている。
2025年8月24日、東京で開催されたJapan Blockchain Week 2025 AI Editionの「Spotlight Fireside Chat: 0G」セッションで、0G Labsの創業者兼CEOのMichael Heinrich氏が登壇した。聞き手を務めた、Growthstock Pulse編集長・池田将との対話で、Heinrich氏は分散型AIの必要性と日本市場への期待について詳しく語った。
二度目の起業で挑む「AIの安全性」

Photo credit: AIberry
Heinrich氏は東ベルリン出身で、ベルリンの壁崩壊後にシリコンバレーに移住した。13歳の時にSAP Labsでプログラミングと出会い、その後、カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学、スタンフォード大学で学び、Microsoft、Bain & Company、Bridgewater Associatesなどで経験を積んだ。
Heinrich氏の技術への興味は幼少期から始まった。
若い頃から、テクノロジーが何を可能にするかという考えに、私の価値観が形作られました。インターネットが普及する前は、サンフランシスコに引っ越した時、友人たちと簡単に連絡を取ることができませんでした。メールを送ったりはできましたが、日々何が起こっているかを本当に知ることはできませんでした。そうした技術が登場してからは、すべてがずっと簡単になり、友人たちの近況を確認でき、一度失った関係を取り戻すことができました。(Heinrich氏)
高校時代、父親の職場であるSAP Labsで偶然出会ったマネージャーから声をかけられたことが転機となった。
マネージャーが私を見つけて「君がインターネットをしているのを見たが、何か有用なことをしたらどうか」と言われました。「プログラミングを学んで私たちを手伝ってはどうか」と提案され、「方法が分からない」と答えると、「心配しないで、プログラミングブートキャンプに送るから」と言われました。(Heinrich氏)
給与を受け取れる年齢ではなかったため、代わりに最新のThinkPadなどのハードウェアをもらって技術への情熱を深めた。
0G Labs設立前にはY CombinatorとStanford StartXの支援を受けたウェルネス企業Garten(創業時の社名はOh My Green)を創業し、年間売上2億米ドル、従業員650人まで成長させた。
0G Labsを創業する以前は、Y Combinatorが支援したユニコーンスタートアップGartenを経営していました。そこでビジネスをスケールする方法について多くのことを学びました。私のメンターの一人はSteve Blank氏で、リーンスタートアップムーブメントの父です。新型コロナウイルスの影響で危機を経験しましたが、今回は2度目のスタートアップなので、とても簡単に感じます。(Heinrich氏)
0G Labsは2024年11月に総額2億9,000万米ドルの資金調達を完了した。これまでに、Hack VC、Animoca Brands、Delphi Digital、OKX Ventures、Samsung Next、Polygonなど40を超える投資機関が参加している。
なぜ私たちはAIを善なる力として使おうと考えるのでしょうか。新しいテクノロジーには常に二面性があります。例えば原子力エネルギーを見れば、それで爆弾を作って物事を破壊することもできるし、善のために使ってデータセンターなどの電力として活用し、その周りに新しい創造的な産業や経済圏を生み出すこともできるのです。
ついにAIに画期的な進歩がありました。ChatGPT-3の登場により、人間が自然な言語でコンピュータと対話できることが現実となったのです。これは以前は本当に不可能だと思われていたことでした。だからこそ、AIが善なる力になり得るという考えに強くインスパイアされ、同時に、これらの重要な社会的アプリケーションにAIを活用する場合、AIの安全性が必要不可欠だということにも気づかされたのです。(Heinrich氏)
中央集権型AIの限界と分散型AIの優位性

現在の中央集権型AI(単一の組織が管理するAI)が抱える問題と、分散型AIが解決できる可能性がある点について、Heinrich氏は次のように指摘した。
中央集権型AIでは、一般的にすべてが一つの会社に中央集権化されており、AIのすべての異なるプロセスをAIが根本的に安全である方法で行うことをその会社を信頼する必要があります。問題は、私とあなたや政府が実際に何が起こっているかを検証できないことです。完全なブラックボックスシステムです。
データがどこから来たかを検証できない、誰がデータにラベルを付けたかを検証できない、どのバージョンのモデルを取得しているかを検証できない、この特定のモデルに使用された重みやバイアスを検証できない、本番環境で実際にどのバージョンが動作しているかさえ検証できません。
分散型AIはその正反対です。完全な透明性と完全な来歴追跡が可能で、不正行為が入り込む余地は一切ありません。仮に将来、超知能AIモデルが登場したとしても、「中央集権化されたデータベースに侵入して記録を改ざんし、実際にはやっていない作業の報酬を不正に取得しよう」と考えるかもしれません。
しかし、ブロックチェーン上ではそのような不正は不可能です。データは改ざん不可能で、不正行為を防止できます。さらに経済的インセンティブとスラッシングメカニズム(ネットワーク規則違反時の処罰制度)を組み合わせることで、AIモデルを長期にわたって誠実かつ安全に動作させ続けることができるのです。(Heinrich氏)
分散型AIは中央集権型AIと同様にあらゆる用途に適用できるが、その真価が発揮されるのは高リスクな社会インフラ領域だ。AIエージェントがピザを注文したりレストランを予約したりする用途では、仮にミスが発生してもリスクは限定的だが、世界中の空港システムを運営するような重要インフラでAIに問題が生じた場合の影響は計り知れない。こうした社会的責任の重いユースケースこそ、分散型AIの透明性と検証可能性が不可欠となる。
技術的な優位性は数字にも表れている。スループット(データ処理能力)は50Gbpsで、競合他社の1.5MBpsと比較して圧倒的な差を誇り、ガス代(取引手数料)は実質的に無視できる程度まで削減されている。コスト面でも大幅な優位性があり、モデルがオープンソースで既存インフラを活用できるため、中央集権型AIと比較して90%以上、場合によっては99%ものコスト削減が可能だという。
エコシステム、そしてまもなくローンチするメインネット

0G Labsは、高速データ処理、低コストストレージ、検証可能な恒久性を持つ分散型AIオペレーティングシステムを開発している。同社のモジュラリティ(モジュール化)アプローチにより、すべてのブロックチェーンがWeb2アプリケーションと同様に高性能かつ低コストで動作することを目指している。
こうした技術基盤の上に、同社は2025年2月に総額8,888万米ドルのエコシステム成長プログラムを発表し、AI搭載の分散型金融(DeFi)アプリケーションと自律的AIエージェント(DeFAIエージェント)の開発を積極的に支援している。このプログラムは戦略的投資家、AI Alignmentノードオーナー、0G Foundationからの財務コミットメントによって支えられており、Hack VC、Delphi Ventures、Bankless Ventures、OKX Venturesなどの著名な投資家が参加している。プログラムは単なる資金提供にとどまらず、技術的なメンタリング、マーケット参入支援、パートナーシップの橋渡しまで包括的なサポートを提供する。
プログラムを通じて、すでに多様な分野での開発が進んでいる。OnePiece Labsなどのインキュベーターとのパートナーシップを通じて、分散型データ処理プラットフォーム、AIエージェント開発、ブロックチェーンインフラサービスなど、従来の中央集権型では実現困難だった革新的なソリューションの開発が支援されている。同社は中国語圏の開発者向けには専用の成長プログラムも立ち上げ、HackQuestと連携した構造化学習パスを提供するなど、グローバルな開発者エコシステムの拡大に取り組んでいる。
開発者向けには、0G Labsの分散型AIインフラを活用したアプリケーション構築を促進するため、包括的な開発者支援ツールキットも提供している。これには、AIモデルのデプロイメント自動化ツール、分散型ストレージとの連携機能、リアルタイムでの透明性確保システムなどが含まれ、開発者は複雑なブロックチェーン技術の詳細を意識することなく、高度な分散型AIアプリケーションを構築できる。
Heinrich氏は「四半期末までにメインネットを立ち上げる予定です」と明言した。これは2025年第3四半期末、つまり9月末を指している。同社は現在、メインネット立ち上げに向けて最終段階の準備を進めており、バリデーターのセットアップやコアインフラの整備に集中している。
現在のテストネット「Galileo」(V3テストネット)では、トランザクション3億3,900万件、アクティブアカウント600万件、バリデーター8,000ノード、ピークスループット2500TPS(TPSは1秒あたりのトランザクション処理数)を記録している。このテストネットは2025年4月23日にローンチされた第3世代のテストネットで、開発者がコストをかけずにAI特化アプリケーションを構築・展開できる環境を提供している。
メインネットの立ち上げにより、インテリジェントNFT転送やエージェント展開など、フル機能が有効化される予定だ。また、トークン生成イベント(TGE)も第3四半期に予定されており、テストネット期間中にバリデーターノードを設定・運営したユーザーには1,143トークンが配布される。配布は3分の1がTGE時、残り3分の2は3年間にわたって段階的にベスティング(段階的権利確定)される予定だ。
日本市場への期待

Heinrich氏は日本での事業展開について積極的な姿勢を示している。0G Labsは設立当初からグローバル分散型の組織として運営されており、サンフランシスコ本社だけでなく、中国、ドバイ、イギリス、アメリカ、カナダなど世界各地に従業員を配置している。
こうした分散化された組織構造を活かし、日本においても現地プレゼンスの確立を目指している。具体的な展開戦略として、まず優秀な日本のGM(ゼネラルマネージャー)の採用を通じて市場開拓を進める計画だ。
日本市場について興味深いのは、例えば、至る所でスタジオジブリの画像をたくさん見かけることです。これは日本の法的環境の特徴を示しています。基本的に、AIモデルの学習にこうした著作物を使用しても、知的財産権で訴えられることはないという法的環境があるのです。
つまり、知的財産の観点からもオープンソース的な発想に対して寛容な姿勢があります。オープンソースのAIモデル開発を進める私たちにとって、こうした環境は事業展開において非常に有利で、日本市場は魅力的だと考えています。
しかし、興味深いことに、暗号通貨の分野では、かなり異なります。例えば韓国を市場として比較すると、全韓国人の32%が暗号通貨アカウントを持っているのに対し、日本では約600万人(全人口の約4%)です。
ですから、暗号通貨の採用は世界の他の地域よりも大幅に遅れていますが、AIの採用と考え方は大幅に先んじています。このような対照的な特徴が興味深い市場を形成しており、私たちにとって日本市場への参入は長期的な視点に立った投資だと考えています。
同社は、日本の投資家との連携も進めつつある。日本のゲーム会社gumiが設立したブロックチェーン投資ファンド「Gumi Cryptos Capital」をはじめとする日本の投資家が同社の株主構成に参画しており、日本市場への足がかりを築いている。また、まだ正式発表はされていないが、NTTドコモが同社ネットワークのバリデーターとして参加する予定であることも明かされた。
Web3普及とAIエージェントが拓く未来

Photo Credit: 0G Labs
Heinrich氏は、暗号通貨とブロックチェーンの普及について機関(企業)レベルでの採用変化について言及した。同氏は東京でのイベント前に、アメリカ・ワイオミング州ジャクソンホールで開催されたSALTとKraken主催の「Wyoming Blockchain Symposium」に参加していたが、このカンファレンスには連邦準備制理事会(FRB)の理事も参加していたそうだ。
なぜ今、企業や金融機関が暗号通貨を採用し始めているのか? 従来のクレジットカード決済では取引手数料として3%(筆者注:正確には個別契約による)を支払う必要がありますが、ブロックチェーン上で完全にオンチェーン決済を行えば、同じ取引をわずか数セント以下のコストで実現できるからです。(Heinrich氏)
Web3の機関レベルでの採用加速に光明が見える一方で、一般ユーザーの普及にはまだ大きな課題が残されている。現在のWeb3技術は、技術的な複雑さが一般ユーザーにとって高い参入障壁となっているからだ。しかし、Heinrich氏はAI技術がこうした複雑な操作を自動化し、ユーザビリティを劇的に改善する可能性があると考えている。
ウォレット作成、シードフレーズ、異なるチェーン間でのブリッジングなど、現在の暗号通貨側から慣れ親しんだすべての悪いユーザーエクスペリエンスを、AIが実際に取り除くことができます。AIエージェントがこれらの10の異なるステップを数秒で行ってくれるなら、突然、暗号通貨とWeb3技術の広範な採用の可能性があります。(Heinrich氏)
こうしたビジョンの実現に向け、0G Labsは着実に技術開発を進めている。現在はテストネット段階での検証を経て、いよいよ本格的なサービス開始へと歩を進めている段階だ。同社が描く分散型AIエコシステムは、単なる技術的な改良にとどまらず、AI が社会インフラとして機能する際の透明性と安全性を根本から変革する可能性を秘めている。
同社は日本市場でのコミュニティ構築にも力を入れており、DiscordやXプラットフォーム上で日本語コミュニティを運営している。Heinrich氏は日本企業との協業に対する強い意欲を示しつつ、次のように述べた。
ソーシャルメディアで私たちをフォローしてください。DiscordやXにも日本のコミュニティがありますので、これらのチャンネルを通じて私たちと関わり続けてください。一方で、Web3とAIの交差点を持つことが理にかなう日本の異なる企業で本当に興味深いユースケースを見つけたいとも思っています。実際のユースケースも強調したいので、ビジネス開発の観点からのコラボレーションにも常にオープンです。(Heinrich氏)
分散型AIの分野で先駆的な取り組みを進める0G Labs。中央集権型AIが抱える透明性や安全性の課題に対し、ブロックチェーン技術を活用した解決策を提示している。Heinrich氏の日本市場への期待と長期的なビジョンは、AIとブロックチェーンが融合する新時代の到来を予感させる。